「労働者管理国家」を変える公務員制度改革

池田 信夫

ニューズウィークにも書いたことだが、日本は国家も企業も現場のコンセンサスがないと動けない。この点で安倍首相と舛添都知事は似ていて、二人とも現場のいやがる話をしないで、解きやすい問題だけを解く。こういうタイプが組織内では評判がいい。


これは理論的にいうと、労働者管理企業と同じである。ここでは経営の意思決定が労働者の合意で民主的に行なわれる。実は、これがマルクスの考えた「自由人のアソシエーション」であり、1968年の5月革命のコンセプトだった。日本の全共闘は時代遅れのマルクス・レーニン主義で壊滅したが、フランス社会党はこれで延命した。

現実の企業で労働者管理の実験も行なわれたが、結果的にはだめだった。業績が悪化したときも経営者=労働組合が雇用や賃金の維持を最優先するので、何も決まらないのだ。このように残余請求権者がはっきりしないのが、Hart-Mooreも指摘する協同組合型システムの欠陥である。

この欠陥を修正したのが日本の「労使協調」で、労働者が長期雇用で守られているので、配置転換や賃下げを容認する。この意味でしばしば指摘されるように、一時期までの日本企業は世界でもっとも成功した労働者管理企業であり、トヨタは「ポスト・フォーディズム」のモデルとなった。

同じ意味で、日本政府も霞ヶ関の管理する労働者管理国家である。ここで政策を起案するのは課長補佐であり、課長はそれを各省と調整し、局長はそれを政治家に「レク」するのが仕事だ。ここまでで9割ぐらい勝負は決まり、1人でも反対するとパーになる。政治家は、霞ヶ関でコンセンサスを得た法案だけを国会に出す。

アベノミクスは、このシステムのバグだった。日銀は霞ヶ関のスパゲティ型ネットワークの外側にあるので、各省折衝に参加できない。白川総裁は安倍首相に必死にレクしたが、安倍氏はもともと金融政策なんかわからないのだから意味がない。普通は財務省と取引するところだが、日銀は他省庁のような「貸し借り」があまりないので、拒否権を発動できなかった。

結果的にはアベノミクスの実験は、1年ぐらいやってみる価値はあったと思う。偽薬効果で株式市場は明るくなり、ノーマルな水準に戻った(ただ国債暴落のテールリスクは大きくなったので、もうやめたほうがいい)。これはよくも悪くも日銀が霞ヶ関からはずれていたから、安倍氏の無謀なリーダーシップが生かせたのだ。

これを教訓にすると今度の公務員制度改革も、朝日新聞のように「政治的中立性」を心配するのは逆だ。欧米では幹部公務員は政治任用なので、もともと政治的中立ではありえない。むしろ霞ヶ関からの中立性が必要だから、本籍から離脱させる必要がある。企業の取締役がいったん退職するのと同じだ。

この点では、内閣人事局の対象が600人というのは多すぎる。せいぜい60人ぐらいにして、本籍を退職させて退職金も払い、「拡大内閣」のような組織に所属させてはどうだろうか。その人事は政治的に中立である必要はなく、民間人でも首相のお友達でもいい。アメリカでは、大統領が替わるたびに3000人の幹部公務員が異動するのだ。

「それじゃ内閣が変わったら失業する」という心配はいらない。天下りを禁止すれば、官僚はシンクタンクやらコンサルタントなどの受け皿を必死につくるだろう。そうして政権に対して提言できる組織ができ、労働市場が流動化すれば、日本も変わるかもしれない。