TPP交渉が難航しているようです。今週、オバマ米国大統領が来日することで、交渉の進展を期待する声もあるようですが、元々、昨年末には交渉妥結を目指していたはずです。交渉事であるので予想以上に時間のかかる場合もあると思いますが、早くTPPを成就させたい米国政府、オバマ大統領にとっては芳しくない進捗ではないかと想像します。この状況において日本の対外的な交渉、外交における課題を考えたいと思います。
まず、日米両国のTPPの真意を推察したいと思います。米国の真意は自らが主導する自由貿易協定を環太平洋地域或いは中国を含めたアジアで推進させることにあると思います。
米国の太平洋戦略は、19世紀後半、当時すでに衰退していたスペイン帝国との戦争(米西戦争)に勝利して、カリブ海、太平洋のスペイン統治領であったキューバやフィリピンを統治するようになった辺りから本格的になっていると思います。その後、ハワイを支配下に置き、フランスからパナマ運河建設を引き継ぎ、太平洋艦隊を創設するなどすべて、太平洋における制海権、シーレーン確保の動きであり、アジア地域の商圏獲得、米国主導で経済支配の実現という戦略があると思います。そして、最終的には中国とどのような形で対峙するかということではないかと推察します。
では、日本の真意はどうなのでしょうか。日本はバブル崩壊後、経済的には一時期の勢いを失ったもののまだ経済大国であり、貿易立国であることには変わりません。であるなら、産業によるメリット、デメリットはあるとしても、全体としては自由貿易協定に加わることで日本に利するところは多いはずであり、TPPを締結することは良い選択であるとなります。でも、本当にそうなのでしょうか。ではなぜ、なかなか合意できないのでしょうか。
この現状をみると2つの事がみえてきます。まず、日本の国家的な戦略が曖昧もしくは国内での意思統一、共有がなされていないことです。
明治維新から第2次世界大戦までは、欧米列強の植民地にされないこと、更にはアジアの大国になることが基本戦略でした。そして、敗戦後は東西冷戦下で西側陣営の中での物質的な豊かさを取り戻す、経済的に自立することが基本戦略でした。
しかし、バブル崩壊後は何を基本に将来のビジョンを描くのかが国として描ききれない或いは国内で共有されていない状況にあると思います。各産業がそれぞれにメリット、デメリットを論じてTPPの是非を問うことは仕方のないことですが、各省庁がTPPの経済効果をそれぞれに試算して論じることは国として戦略が共有されていない証拠であり、対外的な交渉事としては非常に危ういことと思います。
非常に極端な例ですが、第2次世界大戦前の当時の日本政府内の状況と似ています。外務省、陸軍省、海軍省の思惑、想定がばらばらであり、かつ情報共有もなく、最終的には開戦という選択肢しかない状況に追い込まれています。
貿易協定と戦争の可能性を含む外交問題とを同列に論じるつもりはありませんが、同じ交渉事として考えた場合、自らの基本姿勢が不明確な状況で交渉に臨むことは、相手との利害の均衡点、妥協点を見出すことを困難にし、悪戯に交渉を長引かせることになり、如いては相手側を苛立たせ、交渉がまとまらないこととなりかねません。TPPを推進したい政府としては何とか国内の反対勢力を黙らせたいと考えているはずですので、日米首脳会談で首脳同士の合意をすることで国内をまとめるという手法がなされる可能性があると想像します。
国内の意思統一に外圧や対外的な公約を使う手法は日本政府がよく使う手ですが、交渉相手からみると今までの交渉過程が無意味なものと捉えられる可能性もあり、今後、同様な交渉をする際の悪しき事例になりうると考えます。それでも、首脳同士の話し合いで合意がなされるならよいですが、妥協点が見出せないようだと交渉の決裂のみならず、今後の交渉事項にも影響を及ぼすのではないかと危惧します。
もうひとつの可能性として見えるのは、政府の真意がTPPへの参加が絶対的なものではなく、条件次第で参加を考えるという流動的なものである可能性です。政府の日本国民に対する説明は一環して参加が前提の交渉ではないということでしたので、説明通りの交渉であり、交渉が難航しても有利な条件を引き出すための交渉術であると言えるかもしれません。
しかし、このような交渉が国際社会、米国相手に通用するのでしょうか。米国主導の自由貿易協定であるTPPへの参加の是非は議論のある事と認識しますが、交渉のテーブルに着いた段階では、方向性をはっきりとさせて望まないとならないのではないでしょうか。また、交渉相手の不信感に対してそれを払拭するだけの説明ができるのでしょうか。
日本が対外的な交渉において、交渉相手から信用されない、もしくは誤解される点は、日本的な思考ではないかと思います。
日本語は、主語と述語の間に形容詞や副詞を入れる体系です。それに対して英語を初めとする外国語は主語、述語、その後に形容詞や副詞がくる体系です。よく、プレゼン資料でも結論をはじめに持ってくるのかどうかが問われますが、この点は非常に日本的な思考であり、主語のあとに述語がある言語をもつ人たちには分かり難い印象をもたれると思います。また、本音と建前の使い分けや湾曲した言葉での表現(例えば、「調査捕鯨」「敗戦を終戦」「撤退を転進」など)することは、日本人同士なら理解できることですが、外国との交渉では通用しないことと思います。
後藤 身延