なぜ増税後に消費の冷え込みが起きていないのか --- 岡本 裕明

アゴラ

直近のニュースを見る限り消費税引き上げに対する消費の冷え込みの影響は限定的のように見えます。メディアでは飲食など身近な消費についてはむしろ伸びているとし、テレビの一般人向けインタビューでは「食事ぐらい気にしないで食べたい」というコメントがその真意をついているような気がします。

まだ断定的なことは言えませんが、仮に今回の消費税引き上げを通じて消費の落ち込みが想定ほどひどくないとしたら多くの専門家は予想を外したことになります。なぜなのか、そこを考えてみたいと思います。


数年前のデフレのさなか、メディアのトーンは「安いもの大歓迎」でした。牛丼の価格戦争にデフレ大魔神のマックが参戦してマスコミを賑わしたし、奥様はデパートの上層階のレストラン街での井戸端ランチ会を減らさなくていけない理由は「マインド」だったのでしょうか? つまり、デフレを促進した本当の怖さとは世の中のトーンが大きく影響したのではないか、とも思えないでしょうか?

日本人はかつて「羊」と揶揄されたことがあります。同じ方向に向くという意味です。今でこそこの表現は使わなくても基本的には同じ方向を向いています。これは一般的に「ほぼ単一民族の島国育ち」にその理由を求めることができます。海外に出た日本人はその発想では生きていけないということにすぐに気がつき、現地での同化が始まり、何年か経って日本に戻れば「洋行帰り」とささやかれるわけです。私のように20年以上外に出ていれば洋行帰りどころではなく「異人」「宇宙人」の世界なのであります。

先日、オバマ大統領と安倍首相が食事で使った寿司屋。3万円のお任せコースで人生で一番うまい寿司と言われれば誰でも行きたくなるでしょう。これは波及効果を生み、それまで考えもしなかった数万円のディナーを食べるという心理的ハードルを超えることができるようになるのです。

それより先、昨年あたりから飲食業界では一歩上の商品を売り出す傾向が見えてきました。例えば吉野家でも定番の牛どんと共に590円の牛すき鍋膳がヒットしていますが、一体この変化は何がトリガーだったのでしょうか?

一般家庭のお財布が緩みつつあることは確かです。一部企業ではボーナスが増えたでしょうし、株でもうけた人もいるでしょう。おじいちゃん、おばあちゃんからの教育資金のサポートで生活にゆとりができた家庭もあるでしょう。でも多分、それはまだ一部の家庭です。

ところがメディアでは高級時計が前年比5割増で売れているとか、ゴルフ場の会員権が上昇に転じたとか、不動産が上がりそうだといった周りの雰囲気が多くの人のマインドを変えた可能性はあります。以前どこかで読んだ記憶があるのですが、デフレの時に「本当はもうちょっと使いたいのだけど周りの目を気にして抑えている」と。これが実は日本人が「羊さん」であると言われる所以なのです。もちろん、「宇宙人」の私でも周りと同調しますから5人でレストランに行って皆800円のランチを注文するのに自分だけ2000円の特別定食を注文する度胸はありません。北米なら普通にありそうですが。が、程度の差こそあれそれが少しずつ出てきたということでしょうか?

今回の消費税引き上げに対して思った以上に影響が少ないとすればそれも「マインド」である可能性が高いのではないでしょうか? 消費税導入時や5%への引き揚げ時、マスコミはネガティブキャンペーンをはっていました。消費者はそれをフォローしました。が、今回は前回ほどネガではなく、やむを得ない引き上げという心理状態がある程度出来上がっていた可能性はあります。

だとすれば、経済は正に心理学を取り込んだ行動経済学に大きく左右されるということでしょう。経済学がいつも「机上の論理」と笑い話のネタにされるのは学者の想定通りにはなかなかならないという難しさかもしれませんね。もっとも消費税引き上げが消費減退を生まなかったという「ればたら」が当たるという前提の先読みですからそこを外してしまえば行動経済学もなにもあったものではないのでしょうけど…

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2014年4月30日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。