書評:イノベーションと戦略とマッキンゼーの本 --- 中村 伊知哉

アゴラ

MBAや経営学っぽい本はあまり読まないのですが、ツンドクだったものを3冊手にしてみました。感想文です。


オープン・サービス・イノベーション


まずヘンリー・チェスブロウ著「オープンサービスイノベーション」。製品中心からサービスを中心にするイノベーションへ考え方を転換すること。顧客と共創すること。そこから生まれるビジネスモデルが価値を創造する、とときます。

“イノベーションで成功を収める企業は顧客と共創せよ”。そんなの当たり前だろーと思ったんですが、なるほどそうなのかと考える経営者もいるんでしょうね。

レゴ・マインドストームがソフトウェアをオープンにしてユーザを引き込んだ偶然の事例が登場します。MITメディアラボでそれを見ていたぼくは、十分に戦略的だ、というか、ラボ的には当然のアプローチだと思っていたんです。MBA的には画期的だったんですかね。

こんな感じで、MBAの本を読むと「?」となることが多いのですが、三木谷さん南場智子さん夏野さんなどコンサルじゃなく成功した MBAたちが増えてきてよかったですよね。

ただ、ケーススタディを学んで得られるのは、「そのモデルはもうみんな知っているから使えない」ということ。では何を学ぶか。学ぶ側の戦略や選球眼が大事です。

実はぼくは、MITのビジネススクール・スローンで 「eビジネスコース」の立ち上げに携わったんです。ところが2000年のネットバブル崩壊とともに参加者が激減、金融やコンサルコースに学生が移りました。コイツら全員使えねー、と思いました。だって、ここが大事と見極めて大枚はたいて来たんでしょ?これから何がコアになるか、その見極め力をつけず、軸が動くのは、MBAで知識を得ても大成しないよね。

“過去の分析では未来の市場の事業機会を見つけ出すことはできない” by奥出直人「デザイン思考と経営戦略」。そういうことです。だからデザイン思考なるものがあるわけですが。


戦略シフト

続いて石倉洋子KMD教授の「戦略シフト」。オープンシステムによるORからANDへの転換がこれからの企業戦略と説きます。5年前の書ですが、今もそのテーマは褪せてはいません。

利益追求と社会責任、グローバルとローカル、メガヒットとロングテール、マスと個など、二律背反でORの関係にあったものは、共存可能でANDとなる。そしてICTが共存可能性を広げる。と説きます。ICTの力を重視しているのがポイントです。そして日本の経営者に欠けるのは、この視点であります。

日本は80年代、品質とコストという二律背反をANDにしたことで世界をリードしました。歴史的にも日本は多様な文化を受け入れる二面性がある。と説きます。力を活かせる、と。日本の強みとして、ものづくり力が健在であることと、ホスピタリティやきめ細かい対応などのソフト資産とを挙げます。そして多様性を受容する力に優れており、ANDによる共存を尊ぶ点を指摘します。いずれも同意します。

オープンシステムの例としてここでもMITが開発に携わったレゴ・マインドストームの例が登場します。そのチームと仕事している時ぼくは不覚ながら強く認識はしていませんでした。一方、それに加えて、堀場製作所や日本電産の買収活動を恊働手段として紹介されているのが新鮮でした。

オープンとクローズをバランスさせる知財戦略が企業にとって重要で、そのカギは「ロジック」と説きます。日本の金融や百貨店は横並びでロジック不明と斬っています。また、ロジックを活かせなかった例として、iモードを作りながら世界市場を逃がしたNTTドコモと、デジタル配信が見えていながら自社ソフト防衛にこだわったソニーを挙げています。うむ、くやしいです。

オープンなシリコンバレーに対し、ボストン近郊ルート128が自前主義でクローズドという比較。さらにエンジニアがVCとして投資する前者に対し後者は投資銀行主体。後者は地域活動への関心も低い、と分析しています。ぼくはボストン(MIT)とスタンフォード(シリコンバレー)の双方に関わったので、そのあたりの空気感を肌で感じていました。

すると石倉さんはクラスターとしての京都に注目します。技術と文化の存在、市場の小ささ、反骨精神、大学との連携、自由・・そうそう、そうでんねん。スタンフォード日本センターが京都に本拠を置いたのも、クラスターとしての可能性を読み解いたから。

ふむ、石倉先生と京都論を仕掛けたくなってきた。というか、ぼくの授業はこの本を教科書にして輪読すればええんちゃうか。あかんのかな、同僚の本でそういうことしたら。— ANDとオープンということでどやろ。


マッキンゼー──世界の経済・政治・軍事を動かす巨大コンサルティング・ファームの秘密

最後にダフ・マクドナルド著「マッキンゼー」。マッキンゼーの歴史に興味がある人は読むと面白いかもしれません。ぼくはさほど興味がない、ということに気がつきました。

それは”マッキンゼーの代表的な勝者は、アメリカン・エキスプレスやAT&T、シティバンク、GM、メリルリンチなど、古くからある産業分野の企業”で、アップルやグーグルなど”現在の勝者でマッキンゼーに助けられてその地位を獲得した企業はほとんどない”からかもしれません。

ただし、”若手をより刺激的なキャリアのために訓練するための場所”としてのマッキンゼーには興味があります。DeNA南場智子さんやmixi朝倉祐介さんなど出身起業家の活躍が身近にありますから。あるいはKMDに石倉洋子教授というマッキンゼー出身の身近な巨人がいるせい(おかげ)もありましょう。

本書は「マッキンゼー」に登場する方々で唯一知ってる大前研一さんのことを、80年代後半で最も有名で頭脳明晰なエンペラーと高く評価しています。そうかぁそんなに競争力があったのか。そこは励みになりました。
 
さて、次のツンドクに向かいます。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2014年5月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。