「美味しんぼ」騒動の問題点は「事実か否か」ではない

前田 陽次郎

「美味しんぼ」という漫画で、福島で鼻血を出す人が増えている、という描写があり、それがあたかも放射線の影響である、という印象を与えており、何かと問題になっている。

こういう描写を肯定する意見の中に、「事実を書くのは問題ない」というものがある。しかし、こうした表現の問題点は「事実かどうか」なのではなく、「風評被害を起こすのか」ということと、「福島の人がどう感じるのか」なのである。


たとえ事実だけしか言わなくても、十分に風評被害は起こすことができる。

私は長崎市在住で被爆二世である。その立場からいくつか「長崎の真実」を書きたい。

まず、長崎は何の除染もされていない。当然、今でも放射線量が周囲より高い場所が存在する。そうした場所を除染しよう、という話は、全く起こっていない。

ちなみに、放射線量が高いといっても、健康に影響を及ぼすような量ではない。

次に、福島の事故後にも起こったことだが、放射性物質は水源地の底に集まる。

長崎に落とされたのはプルトニウム型の原爆である。長崎市周辺には大量のプルトニウムが撒かれた。
プルトニウムの半減期は2万4千年なので、そう簡単には減らない。

実際に、長崎市の水源地の底には、大量のプルトニウムが今でも眠っている。当然、除去作業の類いは行われていない。そこから、戦後何十年にわたって、長崎市に水道水が供給されている。

観光客の方々も、長崎の中華街で食べるちゃんぽんは、こうした水源地からの水で作られていることには留意して欲しい。

これらの話は事実である。こうした発言を私が繰り返し行えば、風評被害が起こってもおかしくない。

そして、このような発言を繰り返されると、長崎の人はどう感じるだろうか。決して気分は良くないだろうし、自分の健康に関して不安になる人が出てくるかもしれない。

さらに、全く別の地域に住む人がこんな発言をマスコミを通じて繰り返したら、長崎の人はどう感じるだろうか。

今回の美味しんぼの件も、本質的にはこの例えと同じだと思う。事実なら何を話してもいい、ということではない。もちろん、事実を並べて風評被害を起こし福島の人を不安にしたい、ということなら、こういう戦術もある、という例にはなる。しかし、そういう気持ちがないのであれば、事実なら何を話してもいい、という考え方は危険だと考えて欲しい。

前田 陽次郎
長崎総合科学大学非常勤講師