スイスで先日、最低賃金の引き上げを問う住民投票が実施され、否決された。それを聞いたオーストリア人の中には「スイス人は少々変わっている」と呟いたという。労働者は賃金の引上げを願う。そのため、時にはデモも行う。にもかかわらず、隣国のスイス国民は最低賃金値上げに反対したことから、「スイス国民は変わっている」という印象を受けたのも仕方がないことだ。
オーストリア国民の呟きに対して、スイスのジャーナリストの記事がオーストリア日刊紙プレッセ(5月22日付)に掲載されていた。ベルナー紙のクロード・シャトレン記者は「スイス人はマゾヒストではない。単なるエゴイストなだけだ」というのだ。その記事の概要を読者に紹介する。
最低賃金(時給)を22スイス・フラン(月4000スイス・フラン)に引け上げるかの是非を問う住民投票が実施され、約76%の国民が反対し、否決された。
同国では2012年3月、法的に規定されている労働者の年次最低有給休暇を従来の4週間から2週間増やして6週間とする案について、その是非を問う住民投票が実施されたが、その時も約66%の国民が拒否し、他の欧州諸国の国民を驚かせたことはまだ記憶に新しい。
この2つの住民投票の結果から、「スイス国民は労働を愛し、勤勉で働き者。その一方、賃上げなどを願わない規律ある民族」といった印象を受けたとすれば大きな間違いだ。精神分析学の発祥の地ウィーンでは「スイス国民はマゾヒストなのだ」という診断を下す声もあるが、ベルナー紙記者は「スイス国民はマズヒストではない。単なるエゴイストに過ぎない」と書いているのだ。
同記者は「スイス国民の大多数は既に6週間の休暇を享受している。そして国民の大多数は月4000スイス・フラン以上を稼いでいる。6週間以上の休暇や最低賃金4000フランを必要としている国民は少数派に過ぎない。彼らの多くは外国人労働者だ。だから大多数のスイス国民は『俺たちが享受している権利をわざわざ少数派に分けることはない』と考え、住民投票ではノーと答えた」というのだ。
すなわち、労働を愛する国民でも、質素な生活を願う国民でもない。既成の特権を少数派に与えたくないだけだというのだ。
6週間有給休暇案が拒否された時、①休暇日数を6週間に拡大すれば、年間50億ユーロの追加支出が必要、②生産コストを高め、③商品の競争力を弱体化させる、等の理由が挙げられた。一方、スイス人の同記者はストレートだ。「有給休暇を十分楽しむ大多数の国民はその特権をわざわざ少数派に与えたくないだけだ」と説明する。
記者は分かりやすい例を挙げる。老後保護の確保に関する住民投票が行われたら、国民の大多数はそれを支持するだろう。一方、傷病保険の場合はそうはいかないだろう。恩恵は少数者に限られているからだ。
思い出してほしい。スイスで今年2月9日、欧州連合(EU)などから同国に移民する数を制限するかどうかを問う国民投票が実施され、制限賛成派が50.3%、反対派49.7%でEUからの移民数制限が承認されたばかりだ。外国人率23%のスイスでは外国人労働者のこれ以上増えることは願われていないのだ。
スイス人記者の自国の住民投票結果の分析はクールだ。しかし、選挙でも住民投票でも有権者の投票動機というものは、どの国でもスイス人とあまり変わりがないのはないか。決して、スイス人だけが際立ってエゴイストということはないはずだ。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年5月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。