カタリストは、catalystのことで、化学でいう触媒である。触媒というのは、手元の岩波の国語辞典によれば、「化学反応の際に、それ自身は変化せず、他の物質の反応速度に影響する働きをする物質」のことだ。
投資の世界では、カタリストは、バリューとの関連で比喩的に使われる用語である。バリューとは、価値そのものではなくて、資産の価格が資産の価値を下回っている部分のことをいう。要は、価値よりも価格が安いのだから、割安だということであって、バリューは割安と訳されるのが普通である。
問題は、割安のままでは、バリューは実現しないということである。投資手法としてのバリューは、価格が価値に向かって動いていく、その価格の相対的上昇を狙うものだからである。バリューには、市場に内在する力によって自律的にバリューが解消に向かう、つまり、価値へ向かっての価格の相対的上昇が起きることが予定されているのだ。そうでなければ、バリューという投資の考え方は成り立たない。
さて、カタリストという化学の言葉を用いた比喩は、このバリューが解消に向かう動きを化学反応に喩えたうえで、その動きの「反応速度に影響する働きをする」ものを意味しているのだ。この「反応速度」というところが重要である。
理屈上は、バリューは、いずれは解消する。そう仮定するのが、市場原理だ。ただし、投資の収益率にとって決定的な要素は、時間なのだ。時間を縮める働きをするのがカタリストである。だから、有効なカタリストを得ることは、バリュー投資にとって、極めて重要なのである。
ところで、カタリストは、化学反応そのものではない。「それ自身は変化せず」というのが、カタリストなのだ。化学反応の可能性、即ち、バリューが解消していく道筋が見えていても、なんらかのきっかけ、即ち、カタリストがなければ、バリューは解消しない。このような、カタリストがないが故に、バリューのままで放置されることを、バリュートラップvalue trap(バリューの罠)という。解消しないバリューは、見かけのバリューに過ぎないという意味で、まさに、罠であるわけだ。
実は、バリュートラップの慢性化、即ち「万年割安」ということがあり得る。割安には違いない、バリューがあるには違いないが、そのバリューが実現するまでの時間が全く読めない、つまり、カタリストが働かない、そのような状況があり得るのである。
よく知られているように、日本の株式市場の解けない難問は、カタリスト不在によるバリュートラップの慢性化である。さてさて、アベノミクスは、カタリストたり得るや。カタリストたり得るとしても、カタリストは主役ではない。肝心の化学反応を起こす主役、即ち産業界は爆発を準備できているのか。
森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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