アジアにおけるがん研究の国際連携 --- 河原 ノリエ

アゴラ

この春、アジアがん研究連携を主題とし、延べ6か年続いた厚生科学研究の分担研究が終わった。(厚生労働科学研究費補助金 第3次対がん総合戦略研究事業「日中両国を含む東アジア諸国におけるがん対策の質向上と標準化を目指した調査研究」(2008─2010年度)(研究代表 田中英夫)および「アジア諸国でのがん予防、がん検診、がん治療向上のための調査研究」(2011─2013年度)(研究代表 田中英夫))。


研究事業の選定課題、および評価委員会の判断基準は明確なデータの出る研究に主眼を置いており、研究資金は、通常、狭いトピックに特定された研究に向けられているものである。それゆえ、多国間でネットワークを構築するための議論や領域を横断する学際研究等は研究資金の確保が難しい。そのことが、特に自前の資金が乏しいアジア諸国との連携構築における障害となっていた。

しかし、今回の研究プロジェクトでは、アジア地域におけるネットワーク構築に向けた重要な探査研究を行うことができた。そもそも何が可能であり、短期的には何が有用であり、長期的には何がなされうるか、一定の目途をつけることができたと考えている。

具体的には、がんをアジア全体の課題として検討することを目的とし、アジアのがん研究者の共通のテーマとして「グローバルヘルスアジェンダとしてのがんを考えよう」との呼びかけを広く行った。そして、アジアの研究者たちと「アジアがんフォーラム」としてラウンドテーブルディスカッションを行い、共著論文をつくり、現状についての問題意識を重ねてきた。

これが現在、大学におけるがんを巡る学際研究「Cross-boundary Cancer Studies」として、発展し始めている。今年2月には、ソウルにおいて日中韓の大学連携で、がんを社会全体のなかで捉える学際研究のあり方を研究するための会議として実を結んだ。

アジアは、欧米と比較してもフィランソロピー活動の基盤が弱く、戦略的な概念資源にも乏しく、国を超えた地域概念も育ちにくい地域であった。さらに、研究の現場は成果至上主義で、とかく短期的な視点に足をすくわれがちである。しかし、今回の研究プロジェクトに関しては、ある意味あまり期待もされず、ゆるやかなネットワークとして継続的に取り組んだがゆえに、ここまで積みあがってきたのだと思う。

今後は、アカデミアの中でのがんを俯瞰的に捉える概念整理を進めて、アジアにおいて分野を超えたネットワークを形成していきたい。この試みはアジアの大学連携のひとつの目玉にもなりうる。この秋からは、WEB上で英語での授業を配信する予定である。広く国内外の若手研究者たちを対象に、課題解決型の連携への参加を喚起することが期待できると考えている。

この「Cross-boundary Cancer Studies」という概念資源を生み出したのは、目的をはっきりと定めない、探査研究型の研究スタイルであった。このことは、専門分化の激しい昨今の研究環境のなかでは大きな意味を持つと思う。

そして、もうひとつ、この研究から、中国黒龍江省ハルビン市紅旗村の地域住民主体のがん予防活動が立ち上がった(「黒竜江省ハルビン市における医療教育プロジェクト」として一般社団法人アジアがんフォーラムが、独立行政法人国際協力機構(JICA)からの事業委託を受けている)。この活動は、東アジア地域におけるがん予防の実践として、中国黒竜江省ハルビン市紅旗村において、住民主体のガンを中心とした生活習慣病予防教育を持続的に実施する仕組みを構築するがんの予防教育プログラムである。また今後、これをモデルとしてより広範囲に中国国内周辺地域へ拡大・普及することを上位目標として定めている。現在、昨今の日中関係の悪化を背景に、中国側との調整がしばらく延期となっているが、今後も粘り強く合意を取り付けながらお互いに知見を共有していこうと考えている。

河原 ノリエ
東京大学 先端科学技術センター
総合癌研究国際戦略推進講座 特任助教


編集部より:この記事は「先見創意の会」2013年6月3日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。