節度を失った日本人 --- 半場 憲二

アゴラ

6月中旬に卒業を控えた大学の教え子と、久しぶりに食事をしたときである。高くない給料だが、お世話になったお返しということで誘ってくれた。

武漢市内にある日系企業に、まだ研修生の立場で勤務しているが、日本語能力のみならず、気立ての良さが認められているようだ。笑みを浮かべながら、日本人と仕事していて「面白い」と述べていた。日本をこよなく愛し、日中関係の厳しかった2年前でも日本旅行を果たしており、日本語専門の大学生としては一つの成功例といってもいい。卒業後も引き続き、日系企業で正社員として働く予定だという。

食事をしながら話を進めていると、「日本人(男性)は日ごろは真面目なのに、お酒を飲むと態度が急に変わり、しかも嫌らしい」という。この3年間、武漢で仕事をしているが、日本へ留学経験のある学生などからも、この種の話はよく聞かされてきた。

新旧、幾つかの例をあげよう。


居酒屋で手相占い?

2012年春、横浜の日本語学校に留学していた学生達は、ほとんどが掛け持ちのアルバイトをしていた。ある学生は午前中の授業が終わると、昼食を簡単に済ませ、勤務時間に遅れないように、牛丼屋のアルバイトに出かける。夜はチェーン展開している居酒屋で働いた。

学生が言う。中高年男性から注文を取るように呼びつけられた際、無理やり手を握りしめられ、「手相占い」を始めたという。接客商売ということもあって騒ぎにはしなかったという。他のお客が見ている前だったので、非常に恥ずかしい思いをさせられたという。

私は相談を受けたとき、「しつこいようだったら店長に相談し、早期改善の申し入れをするように」と伝えた。少々酷だったかもしれないが、「日本人が、そういう人ばかりではないことを理解してほしい」とも付け加えた。学生は「はい、わかります」と応えてくれた。

同じ年の夏休み、私が一時帰国したとき、横浜を訪問した。アルバイトで忙しいはずだったが、学校や寮を案内してくれ、自分たちの生活状況を報告してくれた。「日本は物価が高いですね。お金がかかりますね」「果物の値段が高くて驚きました」などという日常生活、経済面に関する話題が多かったが、不平不満をこぼす学生はいなかった。

1年間の日本留学を終えて武漢に戻ってきた学生たちが、私の家を訪ねてくれた。日本語の上達ぶりが知りたかったので、話は聞く側に徹したが、「居酒屋の手相占い」「中高年男性の振る舞い」の話になると、やはり「驚き」と同時に「とても気持ちが悪い」と回想するのであった。居酒屋での手相占いは、確かにキモいし、エロい。

毎年、私は学生に「なぜ日本語学習を選んだか」「日本語学習に両親の同意はあるか」といったアンケートをとっている。そこからわかったことは、中国人の全てが「反日」ではないということだ。信じられないだろうが、学生の両親は日本語学習であっても、「お前がやりたいことをやれ」と、我が子のために身を粉にして働き、積極的な支援をしているのがわかる。

そんな中、日本の中高年男性から無理やり手を握られた学生の心情は、いかばかりのものだったか。学業と生活を両立させようと、異国の地で必死である。自分の子や孫が同じ目に遭ったら許容できるのか? どういう気分になるのだろうか?

すべての日本人中高年男性とは言わない。しかし、この種の話は枚挙にいとまがない。一部の日本人男性のお陰で、私の教え子だけではなく、その家族や親戚にまで日本人男性は「きもい、えろい、こわい」と伝わったら? 恥さらしなことをするのはやめてほしい。

中国人女性の顔面殴打、日本人男性は拘置所へ

もう一つは、最近の出来事である。初めに紹介した学生が体験談を聞かせてくれた。「日本人の若い男性(以下、新人社員と言う)が赴任してきた。仕事は真面目だし、とても面白い人だった。でも…」と振り返る。「~だった、でも~」というから現状を尋ねてみたら、別の事情が浮かび上がってきたのである。

ある日の夜、日本から赴任してきた新人社員の歓迎会を終え、カラオケ店に移動した。新人社員の隣には中国人女性社員(以下、女性社員と言う)が座った。時間が経過し、新人社員が酒に酔い始め、次第に大きな声を出し始め、女性社員に対し執拗な接触を試みていたという。

女性社員は、新人社員のしつこさにずっと耐えていたという。新人社員の態度が強引になり、いよいよセクハラ行為に出たとき、女性社員は思わず、新人社員の顔に本物の冷や水を浴びせた。すると新人社員は逆上し、女性社員の顔を殴打してしまった。

女性社員は、事を穏便に解決しようという会社側の呼びかけに応じず、現地の公安警察に通報した。その結果、新人社員は10日間の拘置所生活を送り、その後、日本へ帰国したという。このとき日本人社員の多くが動揺していたようである。女性社員の心の中には、日本人憎しという気持ちが刻まれたに違いない。

私はこの話しを聞いているとき、ある事件のことが脳裏に浮かんだ。「西安留学生寸劇事件」である。つい最近の出来事だと勘違いをしていたが、2003年10月29日に起きた事件だった。

中国の西北大学で開催された演芸会で、日本人留学生による寸劇が中国人を不快にする内容であったことから中国人が憤慨し、それをきっかけに大規模な反日暴動にまで発展した事件」だ。この事件の発端となった日本人留学生は強制送還された。密入国や不法滞在などの犯罪を犯したわけではないが、治安維持のために日本人留学生は退去を命じられた(ちなみに、私が上海師範大学に留学しているときも演芸会はあった。若い日本人留学生たちがこぞって女装し、AKBだかの音楽にあわせながら踊った。会場の反響は悪くなかった。しかし、トルコ人留学生の伝統ダンスやインドネシア人留学生による中国の流行歌の披露などと比較して「恥ずかしい」と思わざるをえなかった)。

とまれ、女性社員の顔は負傷し、精神的にも大きな被害を受けたわけだが、酒の席だからと言って済ませられることではない。どんな状況にあれ、セクハラをすべきではないし、女性を殴るなど言語道断である。

賃上げ、労働条件の改善、デモや暴動の理由は何でもいい。ときに、新人社員の女性社員に対する暴力事件が、反日暴動に発展しなかったのは、不幸中の幸いであった。中国に進出している日系企業の経営責任者は、もう少し赴任前の社員教育を徹底したほうがよさそうである。

在留邦人の減少

5月24日産経ニュース(電子版、上海=河崎真澄)によれば、「日本の「中国離れ」が加速している」という。「同国最大の国際商業都市、上海市の在留邦人数が初めてマイナスを記録したほか、日系企業の対中進出意欲も急減し、日本の上海総領事館によると、上海市の在留邦人数は4万7700人(昨年10月1日時点)と、前年の5万7400人から9700人も減り、5万人を割り込んだ。1994に統計を取り始めて以来、増加が続いてきた上海の在留邦人が減少したのは初めて」だという。

これには様々な原因があろう。案外、気さくで友好的な中国人を知る在留邦人の多くにとって、現在、二国間関係などより、大気汚染のほうが深刻な脅威であろう。呼吸器官を伝わり、肺の奥、血管にまで進入し、喘息や気管支炎、肺がんリスクを高めてしまうPM2.5(微小粒子状物質)による「見えざる脅威」のほうが恐ろしい。「日系企業が駐在員や家族を帰国させるケースが増える」のは賢明な判断だといえよう。

中国の内陸部ここ武漢市でも「青空」をみることは滅多にない。最近では北方から襲い掛かる黄沙が、乱立する不動産開発、市内1万5千箇所以上といわれる公共事業開発とあいまって空を灰色にしてしまう。PM2.5による大気汚染が「厳重」となる日もめずらしくない(中国大気質指数AIQが示す「厳重汚染」の定義は、「健康な人も忍耐力が低下し、強烈な症状が見られ、疾病を早期に発症する」というもの)。

またSankei Biz(5月24日、YahooBisiness配信)によれば、「中国が、政治問題と経済協力など民間交流を切り離して対日関係の改善を狙う「政経分離」の戦術を鮮明にし始めた」という。「中国の高虎城商務相(62)が17日、山東省青島市で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)貿易担当閣僚会合に出席した茂木敏充経済産業相(58 )との会談に応じ、「日本との経済関係を重視し、関係安定と発展を望む」と述べている。

出張先となったこの国では通貨価値の違いから何でも安く感じられ、つい大盤振る舞いになる。ろくに言葉もわからない癖に、相手の善意に頼りきっただけの、何の根拠もない安心感に惑わされ、心も体も弾み、酒の力に任せ、旅の恥はかき捨てなどと歪んだ心象のまま飛び込んでいった目当ての店が、実は、中国公安当局がマークしている店だったなどと、後から気がついても手遅れとなる。
 
中国では、カラオケ店やマッサージ店など高級になればなるほど半ば性サービスを提供したり、それを目的として流れ込んでくる客の行為を黙認する場であるし、麻薬が横行する場として認知されている、と思ってほしい。

問題は、妻や子供を日本に返し、一人暮らしで、良くも悪くも気が楽になった日本人男性の「節度」とはどの程度のものなのか? もちろん、すべての日本人男性が「キモい、エロい」とは言わない。しかし、日本人の一挙手一投足に敏感な反応を見せるこのお国柄だからこそ、私は注意を呼び掛けておきたいと思う。

日本人力の向上を

海外旅行者数は年々増え、国内旅行と同じ感覚で出かける傾向が低年齢層でも強まっている。2012年以降、LCC(格安航空会社)による航空便数が増加し、2013年の海外旅行者数は前年比1.5%増の1870万人と、過去最高を記録している。

いずれにしても、言葉がわからず、文化や慣習が異なる国で問題や事件を起こし、加害者の立場となれば、個人的な問題、一企業の失態では済まされない。そこには「日本」や「日本人」というイメージが付き纏うことを自覚すべきであろう。

両国関係が厳しい中でも、日本のマンガやドラマが彼らの心をとらえ、日本語学習者=裏切り者といった周囲の冷たい視線を跳ね除け、「反日闘士」に至らずに済んでいる。日本語を学び、日本へ留学し、日系企業に勤め、日本文化を嗜好する。私の教え子をはじめ、そんな中国人若年層が数多くいるのは事実である。

彼らが、とくに中国の女性たちが、日本人男性に対し、やっぱ「きもい、えろい、こわい」といった悪しき感情を抱いているとしたら? 子供だけではなく、家族や孫の世代にわたって語り継がれ、どんな友好施策も無に帰する。それではあまりに悲しいではないか。

言い換えよう。インターネットを利用すれば、誰もが瞬時に情報発信できる世界となっている。中国や韓国をみればわかるが、近隣諸国では良質な国家ブランドの形成を図っている一方で、相手国のイメージを貶める時代である。そんな中、日本だけが「無防備」のままである。

2020年は東京がオリンピック開催候補地である。「お、も、て、な、し」とか言ってとりあえず勝ち取った開催候補地であるが、あくまでも候補地選定に「良」がついたに過ぎない。日本人が国内外で実際にどう見られているのか? とくに「反日」に勤しむこの国の、それでも「反日」に染まらないでいる教え子が話してくれた2つの事例を振り返れば、やはりいい感じがしない。

日本人といえば「真面目、勤勉、優しい」といった評価であったが、数年後それが「きもい、えろい、こわい」などとインターネット上にあふれかえり、子々孫々に至るまで指差し馬鹿にされないためにも、本格的に「日本人力」を向上させるべきときではないだろうか。

半場 憲二(はんば けんじ)
中国武漢市 武昌理工学院 教師