■社会科学は社会問題を解決しているのだろうか?
国際的に重要な問題として、気候変動(地球温暖化)、生物多様性損失、安全な水・食糧の安定的確保、エネルギー生産・消費、急速な都市化、継続する貧困、増大する社会的不公平性や社会的不満などがある。
これらは、人類社会の持続可能性(サステイナビリティ)の問題である。現在、社会科学の学問分野がこれらの社会問題の具体的な解決に対して十分な貢献をしていないのではないかという問題意識がある。
今回のコラムでは、社会科学に携わる者の一人として、この問題意識について考えたい。持続可能性の問題に対して具体的な解決につなげるための試金石として、社会科学においても「問題の可視化」が大きな役割を果たすのではないかと考えている。
■社会科学の思考の癖
社会科学が社会問題の解決に無関心であるわけではない。しかし、ある種の思考の癖によって、具体的な解決を考えていないかのように見えるところもある。
社会科学は社会問題の表層的な現象にはあまり興味が無い。社会問題の表層的な現象の裏にある論理構造、因果の連鎖、意図せざる結果など、深いところにある本質を明らかにするところに関心がある。
もちろん、問題の構造の本質が明らかになれば、問題解決の方向性を示すことはできる。ただし、抽象度の高い議論を好む傾向がある。この傾向に関連して、深いところの因果関係に働きかけることに注力するため、カギとなるプレイヤーの行動インセンティブを変更する方策を考えようとする。一方、社会全体の問題認識自体に働きかけようとするところにはあまり興味を示さないようである。
社会科学には、このような思考の癖があるため、現実的に社会が変革するかどうかについてはあまり関心を振り向けていないように見える。社会科学は、現象の深いところにある因果関係という謎を解明することにこそ価値を見出しているのである。
■社会を変えるための可視化
現象の深いところにある本質の理解はもちろん重要である。しかし、社会を変革するところまで考えるという立場を取ると、専門家ではなくても容易にその問題の本質を理解できるように、問題の本質を平易に示すことが重要である。
問題の本質を可視化することが必要ではないか。難しい論理をたどらなければ理解できないような示し方ではなく、見た目で問題の本質を理解させるということだ。
問題の本質を可視化することによって、社会全体で問題の本質を理解・共有化し、社会全体の意識改革を通じて問題の解決に迫るというアプローチを取ろうということである。
社会科学の一つである経済学では、たとえば、税金や補助金などを使って、カギとなる行為主体のコスト意識を変えることによって問題の解決を図ろうとする。しかし、社会全体の意識が変わることによっても、需要関数や供給関数が変化して同様の問題解決はもたらされ得る。
たとえば、社会全体で二酸化炭素排出の問題の本質を理解し、社会的価値観を形成・共有化したとする。すると、生産者も消費者も低炭素化を考慮した選択・行動を取るようになることを通じて、問題の解決が図られるかもしれない。
もちろん、これは性善説に立ち過ぎているかもしれない。社会的に良いということが分かっていても、個々の立場では経済的に選択できない、あるいは、選択したくないという場合は多く存在するだろう。
しかし、何らかの直接的な政策を実施するとしても、社会全体で問題の本質について明確に共有化している状態と共有化していない状態では、実施に対する社会全体の理解、実施自体にかかる調整コスト、実施の結果としての効果などに違いが出るだろう。
■社会科学では見た目は1割?
上で述べたとおり、表層的な現象をそのまま示しても、社会科学では評価されない。深いところにある論理構造を示さなければ面白くないからである。この思考の癖のため、パッと見てすぐに理解できるような模型作りには全く関心を示さない。
関心を示さないだけではなく、大事だとか価値があるだとか考えない。私も、データを作り出したり、データを分析したりすることの価値は認めているが、作り出したデータやその分析結果をうまく可視化することの価値や必要性をすぐには理解することができなかった。
データを作り出したり、データ分析を行ったりしたあとで、それをどのように見せようが、そこには大きな付加価値は無いと考えるのが普通である。もちろん、成果物として論文や本にするとき、グラフや表を分かりやすくすることには十分な注意を払う。
しかし、社会の理解を促進するために、どのような見た目にするかということには注力しない。成果の可視化を一つの大きな課題にすることは無いのである。
だが、社会問題を解決するために社会そのものを変革するためには、社会全体での問題の本質の共有化が重要であると思う。そのためには、社会を構成するさまざまな利害関係者が一目見て、問題の本質を理解できるようにするということが必要だろう。
■都市の持続可能性指標の可視化という挑戦
現在、総合地球環境学研究所(京都)のプロジェクト「メガシティが地球環境に及ぼすインパクト」(プロジェクト・リーダー:村松伸)の下部チームで、仲間と一緒に、都市の持続可能性指標(City Sustainability Index (CSI))の作成と可視化に挑戦している。下の写真が可視化模型のプロトタイプである。
都市の持続可能性指標とは、都市の地球環境への悪影響度、経済的パフォーマンスの優秀さ、社会的な便益の充実度、経済的・社会的な公平性などを評価する複数の指標体系である。これを用いると、評価対象都市が持続可能なのかどうかが一目で分かる。
さらに、どの部分でリスクや問題を抱えているのか、ある部分を改善しようとすると他の部分が悪くなるというような挑戦的な問題はどんなものなのかが、国際比較しながら理解することもできる。これらの指標値や評価結果をバロメーターにして、個々の都市政策などの改善策に反映させることも可能だ。
環境・経済・社会の3つの側面をカバーしながら問題の解決を図ることは非常に複雑である。その複雑さを乗り越え、社会全体を巻き込んで解決に向かうためには、問題の本質の理解を社会的に共有化するのが一つのカギになると思う。
具体的な社会変革につなげるための試金石として、都市の持続可能性指標の可視化模型作成に挑戦している。この挑戦は道半ばであるが、実際に都市を巻き込みながら、具体的な成果が出るように頑張っていきたいと考えている。
森 宏一郎
滋賀大学国際センター 准教授
編集部より:この記事は「先見創意の会」2013年6月17日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。