マルチタスクに長けたジェネラリスト育成を考える --- 岡本 裕明

アゴラ

仕事の世界でよく言われるのは専門性を磨くということ。例えば飲食の人ならばハッとするような素晴らしいメニューを考えたり、会計士であれば顧客が唸るような税務プランを提示する、あるいはスポーツ選手なら圧倒する力と戦術で誰も寄せ付けない強さを磨く、ということでしょう。


しかし、そんなこと、誰でもできるわけではありません。コンセプトは分かりますが、それをすべての働く人に強要しても99%の人は落ちこぼれることになっています。なぜなら目指すところがごくわずかの人しか達成しえない頂点であるからです。頂点には誰でも登れるわけではありません。また、この頂点は相対評価の頂点ではなく、絶対評価の頂点だという点も重要です。相対評価で100人いれば1番と100番が必ずいます。が、絶対評価なら1番も100番もいないかもしれないのです。この違いは重要です。

さて、前振りが長くなりました。

日経電子版に星野リゾートの星野佳路氏が「ホテルマン文化をぶち壊せ」と題して寄稿しています。これは実に興味深い内容でした。

近年、一部の国内観光ホテルが変わってきた気がします。どう変わったか? 若い従業員がちょっと明るい色のパリッとした制服ではつらつと動き回っているところが増えてきたということでしょうか? 一昔前ならば着物の従業員がずらっと並んでいらっしゃいませ、有難うございましたと頭を下げているイメージが強かった気がします。最近は若い社員さんがきびきびと車寄せからチェックイン、部屋への誘導を担当がシームレスに変わりながらきちんとこなしていきます。

例えば食事になると誘導係やフロントにいた人がレストランで配膳をしていたり、食事が終わる時間になると混む土産物屋でレジ打ちをする、といったマルチタスクに変わっているのです。日本は仲居さん文化で一人が全て担当するというスタイルが良とされていたと思いますが、どうやらそれも少しずつ変わってきたのでしょうか?

星野佳路氏はその寄稿で「…汎用化したマニュアルを使うホテルの利益率は高くはありません。だからこそ、私たちは『これまでとは違う方法で生産性を上げることができるのかどうか』を考えたわけです。それが1人のスタッフが接客から清掃、調理までをこなす「マルチタスク」化につながりました。マルチタスク化を磨けば、生産性が上がり、利益も増える。チェックインからチェックアウトまで1人で幅広い分野を担当するので、顧客の要望や不満などがつかめ、改善も早くできます。縦割りだと、サービス改善ひとつとっても部門間の調整に手間取りますし、仕事の好き嫌いも生まれます。」とあります。

多分、星野スタイルがホテル業界の中で圧倒的な浸透となり、デファクトスタンダード化しつつあるのかもしれません。だから私もそう感じたのでしょう。

私の顧客である北米の某大手チェーンホテル。毎週の定例マネージャーミーティングには部門長約20名が集まり、今後2週間の予定にについて詳細に打ち合わせをします。その時思うのは完全なる縦割り。営業もローカル組(地元)、ナショナル組(北米ベース)と別々だし、客室も部屋だけの需要からケータリング(宴会)絡み、コンベンションと担当が変わるという仕組みです。おまけに人が年中変わるので私は何年もこの定例に出ていても全員の名前とポジションが把握できないという苦戦を強いられています。

専門とマルチタスクはある意味相反する意味に聞こえます。どちらを目指せばよいか、といえば専門を深めるのがよいに決まっています。しかし、冒頭のような頂点に立たなければ「二番ではダメ」と言われてしまうのが日本です。実に難しい世界です。

他方、実務面から言えば私はマルチタスクに分があるとみています。なぜならAの業務はAだけで完結しないと考えればBやCやDの業務も覚えることでAのタスクの立ち位置、意味合い、対比などを見ることができます。つまりバランス感覚に優れるともいえます。

日本の役所(特に省庁)が縦割りの典型であり、その弊害は皆さんも耳にされることと思います。

私の会社の弁護士。彼は極めて有能で100人以上いる大手事務所の役員でもあります。その彼とは20数年の付き合いの中で何度か言い争いもしたことがあります。その争点は弁護という法律の解釈に対してビジネスのギトギトとした社会の中でどうリスク管理をし、ビジネスの成功に導くか、という点で歯車が合わないのであります。これは住む世界が違うからどうしても理解してもらえないこともあるのです(守るのが弁護士だ、という言い方もありますが)。

一昔前、「ジェネラリストと専門職」が注目されたことがあります。いわゆる大学新卒の社員を30代前半までゼネラリストとして人事ローテーションし、その後、適性をみて専門性を磨かせるというものです。私は全員にジェネラリストはどうなのか、と疑問視した時期もあるのですが、最近は世の中の仕事が複雑になっているが故にいろいろな部門を見ることでより専門職の深みが理解できることになるだろうと感じています。

星野氏のストーリーラインは経営の効率化だと思いますが、私は人の潜在能力を引き出し、はっとする気づきを感じやすくするためにもマルチタスクは意味がある戦略だと思っています。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2014年6月20日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。