イラクが“第2のシリア”となる日 --- 長谷川 良

アゴラ

イラク出身の中東問題専門家アミール・ベアティ氏(72)は6月23日、国際テロ組織アルカイダ系スンニ派過激派武装組織「イラク・シリアのイスラム国」(ISIS)の軍事攻勢を受けるイラクの現状についてインタビューに応じた。

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▲インタビューに応じるベアティ氏


欧州の中東専門家としてBBCアラブ放送、ドイチェ放送、アルジャジーラ放送などに中東情勢やテロ問題を分析してきた同氏は、「最悪のシナリオはイラクが第2のシリアとなって内戦下に陥ることだ」と指摘。オバマ米政権のイラク対策については、「遅すぎる。問題はもはやISIS対策だけではない。イラク国内で反マリキ政権勢力が結集してきているのだ」と強調し、「シーア派主導のマリキ政権を早急に退陣させ、シーア派とスンニ派、クルド系など、イラク全民族、宗派から構成された民族統合政権を樹立して危機を乗り越えるべきだ」と述べた。

以下、一問一答

──ISISが首都バグダッドに迫ってきた。ISISは軍事的に強いのか。

「ISISが強いからではなく、マリキ政権が弱いのだ。マリキ政権は脆弱で政治的にも腐敗した政権だ。米英のイラク進攻後、米国やイランの外部支援を受け、これまで政権を担当してきただけだ。ISISが国境を越え、イラク第2の都市モスル市に差し迫ってきた時、イラク情報機関はモスル市長と同市駐留の軍司令部(2師団、約3万人兵士)に連絡。それを受け、彼らはマリキ首相に通報した。。ちなみに、モスル市は50%から60%のイラク軍将校を育成してきた由緒ある軍隊があるところだ。彼らはマリキ政権から良き待遇を受けていないことに恨みを持っている。マリキ首相に連絡したが、同首相は救援部隊を派遣する意思のないことを伝えたのだ。そこにクルド自治政府のバルザニ議長が戦闘に参加してきたわけだ。イラク軍が職務を放棄すると、バルザニ大統領は軍指導権を掌握し、ISISに占領された石油都市キルクーク市を奪い返すなど勢力を拡大していったわけだ。バルザニ派はモスル市を奪い返す力を有していたがやらなかった。それはバグダッドのマリキ政権にイラクの状況が危機であることを理解させ、その退陣を強いる狙いがあったからだ。クルド系はISISの攻撃を巧みに利用して地域を拡大していったわけだ」

──ISISを支援している勢力は。

「西側メディアによれば、ISISの勢力は約1万5000人程度とみられる。本来、イラク軍が恐れる勢力ではない。スン二派の盟主サウジアラビアは直接軍事関与はしていないが、対イラク国境を意図的にオープンし、多くのテログループをイラクに送っている。武器の支援はしていない。なぜなら、ISISはイラク軍が放置した大量の武器を入手したからだ。その他、イラク軍関係者、フセイン政権時代の与党バース党関係者、そして反マリキ政権グループが支援、ないしは黙認している。すなわち、ISISの軍侵攻はイラク国内の反マリキ政権勢力を結集させてきたのだ」

──シーア派のイランはマリキ政権に軍事支援を申し出る一方、米国と軍事連携すら示唆する発言を流している。

「米国とイランは2003年のイラク戦争の時から間接的な軍事連携があった。イラク戦争の時、米国はイランと軍事提携を結ぶことでフセイン政権を打倒できた。一方、イラン側はフセイン政権崩壊後はイラク領土から撤退することを米国側に約束する一方、イラクのシーア政権に対し政治的的影響力を行使することを米国側に認めさせている。繰り返すが、米国とイランの軍事連携は公式には表明されていないが、今回が初めてではない」

──ケリー米国務長官がバグダッドを訪問し、マリキ政権と協議した。オバマ米政権はイラクの秩序を回復させるために何ができるか。

「米国がマリキ政権を長期間、認知したことが間違いだった。状況は既に遅すぎる。問題はもはやISIS対策だけではなくなくなったからだ。繰り返すが、反マリキ政権で多くの政治勢力が結集してきたのだ。米国としては可能な限り早期にマリキ政権を退陣させ、イラク民族救援政権の樹立を支援することだ。イラク情勢の見通しは決して楽観的ではない。シーア派、スン二派、クルド系の3地域にイラクが分断される可能性も考えられる。イラク紛争はスンニ派の盟主サウジとシーア派代表イランの代理戦争の様相も帯びてきている。最悪の場合、イラクが第2のシリアとなる危険性がある」


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年6月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。