セクハラって何?

池田 信夫

東京都議会のヤジ騒動で、どうやら問題の「産めないのか」というヤジは誰もいっていないようです。「早く結婚したほうがいい」というヤジを飛ばした都議会議員は自民党を離党しましたが、これってそれほど重大な発言でしょうか。


こんな小さな事件がなぜ世界中のメディアの報道する騒ぎになるのか、よい子のみなさんにはわからないと思いますが、この背景にはセクハラ(セクシャル・ハラスメント=性的ないやがらせ)が社会的に大きな問題になっている事情があります。

これはアメリカのほうが先輩で、オバマ大統領はカリフォルニア州の女性司法長官が「抜群の美人だ」といっただけで、「セクハラだ」と槍玉に上げられて謝罪しました。美人だとほめているのに、なぜいやがらせなのでしょうか。それは女性を顔で判断してはいけないというアメリカの建て前に反するからです。女性はあくまでも能力で判断すべきで、ブスを差別してはいけないのです。

日本にもこういう建て前はありますが、アメリカは「レディ・ファースト」の伝統があるので、特に女性の権利にうるさい。日本でも「アメリカのまねをするのが進歩的だ」と思い込んでいる人々が、そのまねをして誇大に騒ぎますが、アメリカ人が差別にうるさいのは平等だからではありません。アメリカこそ差別だらけの国だらけだからです。

性差別より深刻なのは、民族差別です。黒人をバカにする言葉を使うと、議員辞職をしなければいけない。これはアメリカのように多くの民族の集まっている国では、しょうがないのです。18世紀に合衆国憲法ができたころは黒人奴隷には人権がなく、それを買った人の所有権を憲法で保証していました。こういう差別をなくすだけでも100年近くかかり、南北戦争でたくさんの人が死にました。

そういう差別だらけの国から見ると、日本では「性差別」に女性が苦しんでいるように見えるのでしょう。CNNは「『産めないのか』という2度目のやじが飛んだ後、塩村氏の目には涙が浮かび、声も震え始めた。質問を終え着席した塩村氏は、ハンカチで涙をぬぐった」と見てきたような嘘を書いて、日本の「性差別」を批判しています。

これは大きなまちがいです。日本に性差別がないとはいえませんが、アメリカだって性差別はあります。それは毎年、たくさんのセクハラ訴訟がおこされていることでもわかります。他方どこの国でも、女性を差別することは法律で禁じられています。日本もアメリカも、ほとんど違いません。

日本で女性が職場で不利な扱いを受けるのは、長く働けないからです。日本の会社は定年までつとめることが前提になっているので、子供を産んだらやめる女性は大事なポジションにはつけません。採用するときも、会社は「こしかけ」的な仕事しかできない女性をいやがります。

これは女性を差別しているのではなく、出産したらやめるしかない日本の雇用慣行がおかしいのです。それは年功序列といって、ながくつとめた社員が出世するしくみです。今いるひとはクビにできない代わりに中途採用もしないので、いったん出産でやめた女性が再就職するときは、スーパーのレジぐらいしか仕事がありません。だから総合職で高い給料をもらっているキャリアウーマンが、結婚や出産ができないのです。

つまり問題は性差別ではなく、大学を卒業したときしか幹部社員を採用しない年齢差別なのです。これは男も女も同じです。こんなことは日本の女性なら誰でも体験して知っていることですが、「日本人は儒教の男尊女卑の国だ」という偏見をもっているアメリカ人にはわからない。それこそ民族差別です。

こういう記者が売春婦のことを「性奴隷」などと呼んで、女性の人権にうるさいアメリカ人の同情を引こうとするのです。今度、韓国の「元慰安婦」が「アメリカの性奴隷にされた」という訴訟を韓国政府に対して起こしました。CNNはぜひこの事件を取材して、アメリカ人も女性の人権を踏みにじった歴史を知ってほしいものです。

今夜の言論アリーナでは、こういう海外メディアの差別報道も含めて、今回の事件を振り返ります。