「光の道」は死なず

松本 徹三

今は昔の事になるが、2010年の5月から同年の終わりまで、「光の道」と「NTTの構造問題」をテーマにして、私は実に延べ20本近くもの記事をアゴラに掲載して頂いている。今となっては「空しさ」の思いしか残っていないが、その時には、私の心の中には僅かながらの希望もないではなかった。今回、7月8日の山口巌さんのhuffingtonpost.jpの記事の中に、昔懐かしい「光の道」という言葉が出てきたので、改めてこの問題を振り返ってみる事にした。また長い話になるが、出来れば最後までお付き合い頂ければ有難い。


私が何に希望を持ったかと言えば、NTTが「組織防衛」という不可解な「絶対理念」を捨てて、「国民の為にも、自社の為にも、何が本当に良い事か」を白紙から考え、思い切った決断を下す可能性についてだった。具体的にはどういう事かと言えば、「ボットルネック独占になりやすい光アクセス回線部分を『営利事業』から切り離し、これを『公共事業』と位置づけて、厳密にコストを計算して公表し、これを利用して誰でもが自由に色々なサービスをどこにでも提供する事が出来るようにする」という理想を実現する事だった。

多くの人は単純でステレオタイプの考え方に毒されているので、「営利事業」になっているものを「公共事業」に戻すなど、時代に逆行するもので話にならないと考えるだろうとは分かっていたが、例えば、電力な場合は、既存の電力会社の地域独占をやめさせようと考える人たちも、「発電」と「小売り」は自由化しても、「送電線」は一本でしかあり得ず、従ってこの部分は「自然独占の公共事業」として残すという考えでいる事を思えば、このような議論もいつかは必ず理解を得られる筈だ。

尤も、ここで最大の問題は、既に電力会社とケーブルTV事業者が、NTTに対抗する光回線をユーザーの個宅に敷き込む競争を始めてしまっていた事で、特にKDDIは東電の通信事業部門や大手ケーブルTV事業者を買収して、この分野で真っ向からNTTに挑戦する姿勢を鮮明にしていた事だ。この事を具体的な議論の俎上に乗せなかった事は、「光の道」の議論の中での最大の手抜かりだったと私は思っている。勿論、この問題は一ひねりも二ひねりもしないと解決出来ない事はよく分かっていたが、それでも、「大都市部と地方部を分ける」等の方法により、この問題を解決するのも不可能ではないと私は秘かに考えていたからだ。

世の中の人は「陰謀論」が好きで、「世の中には、一方で営利事業を営みながら、一方では本気で理想の実現を目指す人間などいる筈がない」と確信しているかのようだから、この議論についても、始めから「ソフトバンクが民主党政権を口車に乗せて、NTTの長年の努力に只乗りして、自社の利益を図ろうとしている」という色眼鏡で見る人が多かったようだ。そう思われても仕方がないような経緯もなくはなかったが、少なくとも私は始めから「理想論」しか考えていなかったので、全ての議論の経緯がとても残念で悲しくさえあった。

1990年代の中頃からNTT分割論に深く関与していた私は、当然の事ながら「もし自分がNTTの経営者だったらどう考えるだろうか」という観点に立っていつも考えていた。たとえ渋々であったにしても、最終的にはNTTの経営者にも賛同して貰えなければ、このような大掛かりな改革は実現出来るわけはないと理解していた。民主党の方々は「政治主導」という言葉をかなり軽々に口にしておられたが、いくら「政治主導」でもプロフェッショナルな分析と計画に基づいたものでなければ実現出来るわけはなく、逆に、もしそれがプロフェッショナルな分析と計画に基づいているものならば、NTTの経営者といえども、簡単にこれを拒否はできないだろうと私は考えていた。

結論から言うなら、もし私がNTTの経営者であったら、本質的な経営問題を解決する為に、国の「光の道」提案を「絶好のチャンス」と捉えて、前向きに乗っていただろう。何故なら、現状を放置すれば、毎晩下記のような悪夢に苛まれる覚悟をせねばならないからだ。

1) 現在のNTTの持株体制下では、NTTグループ各社はNTT法に縛られるので、ドコモと東西の間の取引条件に色々な制限が課せられる事も止むを得ず、KDDIグループの各社間のように自由に何でも出来ない。一方、もしドコモの一般株主(外人株主を含む)が、NTT法に縛られる事を嫌い、NTTグループからの離脱を求めて騒ぎ出すと厄介な事になる。

2) NTT東西の将来性は見通しが立てにくく、傘下の工事会社で抱えている膨大な数の建設・保守要員の面倒を定年まで見る為には、既存のメタル回線の保守費でこれを賄わざるを得ないが、この「保守費」の負担は外部の通信会社に課さねばならないので、これらの通信会社から「その詳細と妥当性」について説明を求められるとかなり苦しい。

3) 現状では、積極的に敷設した光回線の稼働率が悪く、グループ全体の収益性を圧迫している。この部分はNTTグループの最大の資産であるようにも見えるが、逆に経営の最大の圧迫要因にも見える。この稼働率を早急に上げる事こそが急務なのだが、良い解決策が見当たらない。

従って、もし私がその時のNTTグループの経営責任者だったら、政府が言い出した「光の道構想」を奇禍として、或いは、もしこれが憎いソフトバンクの仕掛けた罠であったとしても、それを逆手に取って、自ら進んでアクセス回線部門を切り出して「公共事業体」としただろう。そうすれば、残った東西の組織は、NTT法から自由で、且つ「ユニバーサルサービス」という足枷をはめられない「普通の会社」となり、天下晴れてドコモ及びNTTコムともArms Lengthの取引関係を持って、自由に羽ばたいて行く事が出来るからだ。

私自身はかなり深くその背景を掴んでいる積りだが、NTTが一時期鳴り物入りで宣伝していた「NGN(New Generation Network)構想」が、或る時を堺に急速にしぼんで、その後は誰も何も言わなくなった事に奇異の感を抱いた人が、世の中には多かったのではないだろうか? NGN構想とは、国際IMS規格に準拠した「QOSが保証されたIP Network」であり、「これが大量の映像をOn-demandベースで伝送してこそ、始めて光回線への投資が生きてくる」という意味で、将にNTTグループの戦略の要だったわけだが、この構想が忽然と消えてしまったのには、それなりの訳がある筈だ。

これは全体としては未だ私の推測の域を出ないが、NTTが当初の構想を諦めたのは、民放連と地方のケーブルTV会社の陳情を受けた総務省(旧郵政省)がNTTに圧力をかけたからである事は、各方面から得た種々の傍証から、先ず間違いないと私は思っている。その見返りは、勿論「NTTの分割阻止」だったのだろう。NTTの経営者は「組織防衛」を「新技術の導入」等よりも常に優先させるので、この仮説には十分信憑性がある。こうして世界をリードする筈だった「NGN構想」は、簡単にお蔵入りになってしまい、NTTの虎の子の光回線は「そんなもの何に使うの?」と冷ややかな視線を浴びる事になってしまった。

総務省は政治家に弱く、政治家はマスコミと地方の集票マシンに弱い。NTTも常日頃から有り余る資金と人員を動員して、また強力な労働組合のラインも使って、政治家へのアプローチには余念がないが、マスコミや地方の集票マシンには勝てない。地方のケーブルTV会社は財務的には弱いが、地方の有力者にとっては格好の良い存在だから、その政治力は相当なものだ。前述のNTTへの間接的な圧力については、当時ケーブルTV連盟の守護神だった小渕恵三元総理が特別に動いたと漏れ聞いている。

しかし、如何なる政治力も、それと連携する巨大企業の経営者の思惑も、技術の大きな流れには抗する事は出来ない。失礼ながら技術音痴の方々は、未だに「将来は無線が主力になるので光ケーブルは要らない」と信じ込んでおられるようだが、大量のデータ伝送が必要であるなら、無線ではとても賄いきれないか、又は恐ろしく高くついてしまう。つまり光伝送が「データ伝送の王道」である事は、ほぼ永久に変わる事はないのだ。

(勿論、ユーザーが手許に置く端末機を有線で繋ぐ事はあり得ず、これらは直接的には必ずモバイル無線やWiFiでサポートされるが、そのバックには光回線が必要だ。米国のように広い地域に住宅が点在する所や、多くの発展途上国のように人口は多くとも一人一人の可処分所得が低い所では、全ての建物に光ケーブルを繋ぎ込む事はコスト的に到底見合わないので、無線でこの代替をするしかないが、これはあくまで「ユーザー1人が占有出来る周波数 —Hz」と「ユーザー1人が求めるデータ伝送量 -Byte」の微妙なバランスの上に立つものである事を知らなければならない。)

また、映像等の視聴者への伝送方法は、かつては、地上波、衛星、ケーブルの何れかを使った「放送方式」が全てであったが、近年においては、デジタル化された映像をユーザーの要求に従って何時でもどこへでもIP方式で伝送するのが、究極の姿であると見做されるようになった。つまり、コストが見合う場所では、光ケーブルによるOn-Demand配信が、徐々にその比重を高めていく事は防ぎ得ないのだ。

「どうせ実現はしないだろうなァ」と自嘲しつつも、折角の機会なので、私自身が「国民(利用者)の為にベスト」と考える形をもう一度提案して、本稿の「まとめ」としたい。

1) NTT東西は、大都市部(後述)を除き、アクセス回線(現時点ではメタルの電話線と光ケーブルの混在)の建設と保守を担当する部門を分離して、これを「公共事業体」とする。(別途構想されている「送電事業体」に倣う。)この事業体は、経営を完全に透明化し、NTT系の会社を含め、如何なる通信事業者に対しても公正な価格で卸売りを行う。

2) 既にKDDIやケイオプティコム等の事業者が光回線を敷設して販売している「大都市部」では、NTT東西はアクセス回線部門を分離せず、これまで通り競合他社と自由に競争しながら、回線を販売する。勿論、他社同様、卸売り部門と小売り部門を併存させる事が出来る。

3) KDDIやケイオプティコムが既に光アクセス回線を敷設している所以外の地域(主として地方都市や過疎地域)は「アクセス回線の非競争地域」と認定し、新たに生まれた「アクセス回線の建設及び保守を担当する公共事業体」と「その地域のケーブルTV事業者」が手を携えて顧客にサービスを提供する形とする。

4) 具体的には、各地域のケーブルTV事業者は、自らの「物理的回線の建設・保守部門」を切り出して、NTT東西から切り出された「公共事業体」と合体させ、自らは「番組の制作及び販売を行う会社」として、身軽な形で存続する。当然、全ての番組について、可及的速やかにデジタル化を推進していく。

5) NTT東西に在籍している膨大な「回線の建設・保守要員」は、NTT東西の残存部門が必要とする人員以外は、全て新設の「公共事業体」に所属するものとし、地方におけるアクセス回線のメタルから光の張り替え作業に従事せしめる。全地域において、所定の年月の間に全てのメタル回線は光に張り替えられる事を目標とする。(これによって、高いものについている現在の「光とメタルの二重保守体制」が解消出来る。

上記が出来れば、日本は世界に冠たる「情報通信の最先進国」に生まれ変わるだろう。なお、公衆無線通信を司る携帯通信事業者等については、既に「自由競争環境」がほぼ実現していると判断されるので、基本的に現状通りとする。