日韓両国で揉め事が起こる度に「韓国政府は冷静に対処して欲しい」と注文を付けるのが菅官房長官の口癖だが、激情の持ち主で、他人に説教されたら更に反発する特徴のある韓国相手に「冷静さ」を求めるなど、そもそもが無理筋で、実現の可能性はゼロに近い。
と思っていたら、歴史問題(反日問題)、慰安婦問題,日中・日韓問題について、7月20日の朝鮮日報日本語版に3本も「冷静」な記事が掲載された。
菅官房長官の無理筋要求が通ったとしたら、誠に喜ばしい。
その一つが、「名だたる独立運動家も『親日派』なのか」と題する金基哲文化部次長の記事で、その要旨は:
「首相候補に指名された文昌克元中央日報主筆を『親日派』と攻撃し、文昌克氏の資格の有無を確かめる前に候補辞退に追い込んだ韓国史関連の7団体が問題にした講演内容は、抗日運動家で歴史学者でもあった丹斎・申采浩が書いた『20世紀の新国民』と言う論説の中で、『勤勉性の不足』『進取の力の不足』『屈強で勇敢なところが最も欠けている国民』『公共心がほとんどない国民』『利己心が凝り固まり、他人を排除する性格が強い国』と当時の朝鮮人の資質を批判し、毒舌をまき散らした内容を和らげて表現したに物に過ぎない。
又、高名な抵抗運動家だった咸錫憲も『志で見る韓国の歴史』の中で、朝鮮が滅んだ理由を『神の怒りのせい』と書き、38度線を『神が作った試験問題』で、これに及第すれば助かり、落第したら永遠に滅びてしまうだろうと指摘している。
然し、申采浩や咸錫憲の朝鮮民族に対する苦言を『親日派』『時代錯誤な歴史観を持っていた』と批判する韓国史の学者はいない。
このような歴史的な事実を無視して、文氏が行った講演を意図的に編集したKBSはさておくとして、誠実な研究者であれば、文昌克元中央日報主筆の講演が申采浩や咸錫憲と軌を一にするものという事実くらいは分かるだろう。
ところが韓国歴史研究会などは、KBSの偏向やミスを正すどころか、文候補を引きずり降ろす運動の先頭に立った。」
と言う、金基哲氏の歴史学者の政治的偏向に対する批判であった。
内容の真偽を論ずる程の知識を持ち合わせない私だが、これは日韓の対話のベースになりそうな冷静な記事である。
慰安婦問題については、近代韓国問題の専門家パク・ユハ教授が「帝国の慰安婦」と言う著著を刊行して「元慰安婦の名誉を傷つけた」として告訴された事に興味を持った全峰寛KAIST人文社会学科教授が、「慰安婦:『朝鮮人責任論』のワナ」と言う標題の読後感を載せている。
全峰寛教授の記事を要約すると:
「慰安婦は日本軍が『直接』強制連行したのではなく、業者に慰安所の設置と運営を委託したもので、そうした業者の多くは朝鮮人で、朝鮮人慰安婦はこれらの業者によって人身売買されたり、連れ去られたりするケースがほとんどだった。
アジア・太平洋全域を舞台に戦争をしていた日本軍が、最も後方に位置する朝鮮で、のんきに女性の強制連行をしていたりはしないだろう。
戦争を起こした日本政府と違法な募集を黙認した日本軍に一次的責任を負わせるべきだが、法的責任を問うべき人物がいるとするなら、それは日本政府ではなく、詐欺・強制売春などの犯罪を行った業者の方だとするパク・ユハ教授の主張を“請負業者に法的責任があるのに、それをそそのかした当事者には法的責任がないという論理は受け入れ難い。”と批判しながらも“娘や妹を売り渡した父や兄、女性をだました業者、業者の違法行為をそそのかした里長・面長・郡守、無気力で無能な男性の責任は必ず問われるべきだが、日本が納得出来る謝罪と一次的賠償責任を拒否している現状で、韓国側が先に反省したら、日本に責任回避の名目を与えかねず、慰安婦問題をめぐる両国間の対立を解決する代案として韓日共同責任論の提起する事は適当ではない”」
と言う内容であった。
韓国側がこの全峰寛教授の考えでまとまるのであれば、落とし処の見つからない「慰安婦」問題も、一挙に両国の話し合いで解決出来そうな希望が出てきた気がしてならない。
そして、日中韓に米国が加わった東北アジアの問題については、朝鮮日報の金大中顧問が「中・日に挟まれた韓国、米国を戦略的に利用せよ」と言う記事で次のような主旨の主張を展開している。
「韓明基明知大学教授の『歴史評説 丙子胡乱』を読み、我々の祖先が中国人から受けた、民族的受難と恥辱の苦痛の思いにふけっている時に中国の習近平国家主席が韓国にやって来た。
周主席は、壬申倭乱(文禄・慶長の役)の際に当時の明が『朝鮮と肩を並べて、支援を行った』などと聞こえの良い甘言を並べた後に、韓国に対して『どちらの側に付くのか』と非常に巧妙に問い詰めてきた。
しかし丙子胡乱の時に彼らが韓国に与えた苦痛、6・25(朝鮮戦争)の時に中共軍によって命を奪われた数万人の韓国国民の犠牲には一切言及しなかった。
腹背を敵に挟まれる地政学的状況に置かれた韓半島(朝鮮半島)に位置する韓国は、常に深刻な状況に置かれ、明が衰えると日本とヌルハチ(清の初代皇帝)が勃興し、日清、日露の戦争が韓半島を襲うなど、周辺でパワーシフトが起こる度に韓半島はたちまち戦場となって来たが、今日の韓半島周辺で再びこのパワーシフトが起こりつつある。
その当事者の一人である習近平国家主席が、韓国を『兄弟』などと持ち上げ、両国関係を『親戚』と表現しながら、韓国に対して穏やかではあるが『選択』を迫ったその言行は、見ていて決して愉快なものではなかった。
パワーシフトのもう一方の当事者は軍国化を進める日本の安倍首相だ。
これら一連の状況が100年前と異なる要素は米国の存在で、だからこそ、われわれが『腹背の敵』をけん制するに当たっては『米国以外に突破口はない』という思考を戦略的に持ち続けることが重要である。
われわれは中国と日本の勢力圏、あるいは『落とし穴』の中に居続けてはならないが、中国と『親戚』のように過ごすと同時に、日本とは決して恨み合ってはならない。」
この論旨も、従来の韓国の一方的な主張とは異なる冷静なものである。
これらの記事を読んで、これまで事あるごとに日本を挑発し、その挑発にのった産経新聞と子供染みた口喧嘩を繰り返して来た朝鮮日報の記事とは思えない程の「大人振り」を感じた。
影響力の大きな新聞とは言え、一新聞社の記事が一国の主張を変える事は難しいが、これらの「冷静」な主張が韓国内で広がれば、日韓関係の正常化のきっかけになるのでは? と期待される。
昔、先輩社員から仕事の要諦として「うぶ毛をみくびるな」と言う言葉を教えて貰った事がある。
その心は、例え「うぶ毛」のような小さなきっかけでも、摑んだら離さない気持ちが物事を成功させる要諦であると言う物であった。
忍耐強い国民と言う評判の日本は、この際、韓国を挑発する事無く、この3本の朝鮮日報の記事を日韓関係正常化の「うぶ毛」として忍耐強く活かして行きたい物である。
2014年7月21日
北村 隆司