慰安婦はなぜ「慰安婦問題」になったのか

池田 信夫

こんな小さな問題がここまで大きくなった原因は、私のように最初から見てきた者にしかわからないと思うので、周知の事実だが書いておく。

慰安婦というのは戦場にいた売春婦のことで、珍しい話ではない。おそらく歴史上どんな戦争にもあっただろう。ただ「私が慰安婦でした」と名乗り出てくることはまずないので、太平洋戦争の慰安婦は噂の中だけの存在だった。吉田清治の話も、裏が取れないので、大したネタではなかった。


ところが1991年に、金学順が初めて実名で姿を現した。これは単なる損害賠償訴訟だったが、そこに朝日の大誤報が出た。特に1992年1月の「慰安所 軍関与示す資料」という1面トップの記事が「挺身隊の名で強制連行」という解説つきで宮沢訪韓の直前に出たため、宮沢首相が韓国に謝罪した。金は最初は「キーセンに売られた」といっていたのだが、福島瑞穂弁護士が朝日の誤報にあわせて「軍に強制連行された」と証言を変えた。

しかしYouTubeでもいったように、問題のコアはそこではない。事件の大きさからいえば、日本人だけで310万人が死んだ太平洋戦争の中で、たかだか数万人の売春婦なんて大した問題ではない。戦争犯罪というなら、もっと残虐な犯罪はたくさんあったが、日本政府が謝罪して賠償し、もう決着がついている。

慰安婦がここまで大きな問題になったのは、日本政府が強制連行を認めないからなのだ。存在しない事実を認めないのは当然だが、一部の勢力にとっては「戦争の歴史を直視しない」態度と見えたのだろう。河野談話で曖昧に強制を認めたことが、かえって問題をこじらせた。

朝日も認めたように、植村記者の記事がおかしいことは、彼らも1993年ごろには気づいていた。それなら訂正記事を出せばいいのに、1997年の検証記事でも吉田証言を「真偽不明」とし、社説で「全体として強制と呼ぶべき実態があったのは明らかである」と書いて、問題を「強制」にすり替えた。

このため海外メディアは吉田証言を根拠に「強制連行」を批判し、それを否定する日本政府を攻撃した。朝日が誤報を認めなかったことが、逆に日本政府が歴史的事実を隠蔽しているという印象を世界に与え、慰安婦が「慰安婦問題」になったのだ。その最大の責任は、22年間も逃げ続けた朝日にある。

その点では今回、誤報を認めたことは一歩前進だ。事実関係はおおむね解明されたので、あとは朝日が開き直るのをやめて「慰安婦問題の本質を直視」し、社長が辞任することだ。それが日韓関係を打開するきっかけになる可能性もある。その社告の雛形も、7年前に書いておいた。