中東の少数宗派をテロから守れ --- 長谷川 良

アゴラ

当方は先月の末このテーマでコラムを書く予定だったが、突然の入院のため、まとめることができなかった。気になっていた。中東の少数宗派の状況は、ここにきて一層悪化してきているのだ。

シリア、イラクに侵攻し、イラク北西部で進撃を続けるイスラム教スンニ派過激テロ組織「イスラム国」(IS)はイラク国内の少数宗派のキリスト信者やクルド系民族宗教ヤズィーディー教信者たちを迫害し、虐殺を繰り返している。中東の少数宗派は その存続の危機に直面している。


イラクでは2003年のイラク戦争前までは約100万人いたキリスト信者は現在、「まったく存在しなくなった」といわれるほどだ。イラクのキリスト教の拠点だった同国北部のモスル市では、「キリスト信者は50家庭が残っているだけだ」(バチカン放送)という。大多数の信者たちはISが侵攻する前に逃げたが、IS側のテロの犠牲となったと見られている。

バチカン放送によると、ISはモスル市に侵攻すると、異教徒のキリスト信者たちに「イスラム教に改宗するか、人頭税を払え。1人当たり250ドルで夫婦で500ドル」と要求。同時に、同市の司教邸などキリスト教関連施設を破壊した。また、キリスト信者の家には「この住民は異教徒だ」という意味の印を住居前に表示して回ったという証言もある。

ローマ法王フランシスコは先月の一般謁見後の説教の中で、「中東の教会は世界のキリスト教の発展に大きな貢献をしてきたが、現在、イラク教会の兄弟姉妹は迫害され、虐殺されている」と指摘、国際社会に少数宗派の権利の保護のため行動をおこすよう訴えた。バチカン関係者によると、「イラクで進行中のキリスト信者への迫害は2000年のキリスト教史の中でも最悪の状況だ」という。

イラク北部にはまた、クルド系民族宗教ヤズィーディー教を信じる住民が住んでいるが、彼らもISの迫害を受けている。同宗は紀元前2000年にでき、西暦後、キリスト教とイスラム教の影響を受けながら発展してきた。一神教であり、特に天使を崇拝する。その7天使の中でも孔雀の天使を崇拝する。孔雀はイスラム教の聖典コーランでは「堕落した天使」を意味することから、イスラム教徒からは「悪魔を崇拝する異教徒」としてこれまでも蔑視されてきた歴史がある。

世界に60万人から75万人の信者がいるものと推定されている。当方が住むオーストリアにも約700人の信者が住んでいるが、その一人は同国日刊紙プレッセとの会見(8月14日付)の中で「これまでわが宗教の迫害に全く関心がなかった国際社会もISの進撃を受けて、関心をはらうようになってきた」と説明する一方、「多くの信者がISの迫害を受けて行方が分からなくなっている」という。オバマ米政権がISの空爆を実施することを決定した直接の契機は、イラク北西部でISの迫害を受け、山に逃げたヤズィーディー教信者を守る狙いがあったという。

少数宗派の危機はイラクだけではない。シリア、エジプトなどイスラム教国でもみられる。ISの非情な迫害に直面し、国際社会は中東の少数宗派の現状にようやく気がつき始めたわけだ。ISの暴虐に対し、イスラムのスンニ派からも「彼らはテロ組織であって、イスラム教とは全く関係ない」という声が高まってきている。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年8月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。