書評:「第五の権力」と「ビッグの終焉」 --- 中村 伊知哉

アゴラ

エリック・シュミット/ジャレッド・コーエン「第五の権力」と、ニコ・メレ「ビッグの終焉」を読みました。

「第五の権力」は、五番目の権力たるネットがもたらす国家、革命、戦争の未来を、夢物語ではなく警鐘を鳴らしつつ展望します。いま求められる論考です。

そして「ビッグの終焉」は、個人がネットで接続することで伝統的な組織や権力など「大きいもの」が崩壊するという警世書。特に目新しい視点はないが、ネットが引き起こす変化を総覧する好テキスト。マスメディア、政党、ハリウッド、政府、軍隊、大学、大企業。これら「大きいもの」がネットで連結した個人に覆される数々の事例。全てのセクターで、これが未来図ではなく現実になった、ということでしょう。

合わせ読むのがよい書物です。



第五の権力—Googleには見えている未来
まずは「第五の権力」。

10年以内に仮想人口は地上の人口を超え、市民は仮想空間の自分の情報をコントロールできなくなり、それが現実世界に影響を及ぼす。民主主義政権も独裁政権も治安維持、違法取引阻止等のため、技術やその利用に制約をかけ監視を強化する。政府の規制により、インターネットは国ごとの網の寄せ集めとなり、バルカン化する。

そう説きます。オンラインのIDがオフラインのIDより重要になるのではないかとぼくは思います。そして国家の監視は、それが有効か否かを問わず、強まることでしょう。国による対応の差は混乱を引き起こすでしょう。中国型、トルコ型、ドイツ型、既にそのようなまだら模様はみられます。Googleらグローバル企業と各国政府との折り合いがつかなければ加速するでしょう。それをGoogleのシュミット氏が見据えているのはどう考えればよいのか。

ビンラディン氏は5年パキスタンに潜伏し、ネットも電話も使わなかったが、隠れ家が特定された理由は、都会の大邸宅なのに通信回線が敷かれていなかったことだったといいます。オフラインももはや安全ではありません。

ネットで革命は増えるのか。ガス抜きが増えるのか。ドローンと3Dプリンタはテロを増やすのか。マイノリティへの電子的隔離政策は増えるのか。ロボットが人間の兵士にとって代わるのか。本書はこうも問いかけます。

ぼくらのグループはスタンフォード大学と共同でIT政策研究会を開始し、未来展望からみた政策を論議します。このテキストが提示する論点も下敷きにして、どうすべきかを考えたい。もはやこれまでのようなインフラ政策やコンテンツ政策ではありません。


ビッグの終焉: ラディカル・コネクティビティがもたらす未来社会
次いで「ビッグの終焉」。

バネバー・ブッシュ、エンゲルバート、テッド・ネルソン、ティム・オライリー、ジョン・ペリー・バーロウ、エリック・レイモンド、シェリー・タークル、サルマン・カーン・・デジタルの先人の系譜を学び直すカタログ(プログラミング言語LOGO、ARPANET、96年通信法、OLPC、OCW、ファブラボ……(ぼくがMITなどで関わった仕事の影響を再チェックするのにも役立つメニュー集でした)。

小さなアーティストが情報を直接発信する一方、YouTubeなど「さらに大きなもの」が産み落とされるパラドクスを提示します。しかし、それは単なるパワーシフトではないのか?このように本書は、学生諸君にどう考えるかを問いかけるテキストとして使うとよさそうです。

“「さらに大きな」プラットフォームが「小さなもの」というロングテールに力を授けて「大きなもの」の終焉をもたらす。”
“大手映画会社が6つあるのと、8億人の自称監督がいるYouTubeが1つあるのと、どちらがいいのだろう。”
“アラブの春に関する論評は、テクノロジーの役割を過大評価するサイバーユートピアと、独裁者らが反体制派を弾圧するために使ったテクノロジーを誇張するものとに二分される。”
大学は必要か。
“1000人の学生を週二回、講義室に詰め込んで、終身在職権のある教授が体系化した凝縮された知識を受け取らせる従来のやり方は、意味を失っている。”
“世界屈指の規模と富を誇る会社(MS)が19歳の少年とボランティが作ったフリー商品(Firefox)に市場の支配権を奪われた。”

こうした技術の功罪、そしてパワーシフトによる産業の未来、学生諸君、どのように考えますか?

3つの提言が示されます。個人の力を活かす機構、有能なリーダーの選択、プラットフォームのコントロール。3つめのfacebook、Google、twitterなどプラットフォームをどう管理するかはIT最大の政策課題ですが、方法論は描かれていません。学生諸君、どう考えます?

ところで、アメリカの選挙投票日が必ず火曜日なのは、日曜に教会に行き、水曜は市場が立つので、人々は月曜に馬車で出発して火曜に投票していたという馬車時代の名残りだといいます。技術が普及し、産業社会が急激に変化するかのようにみえる一方、他愛もなく続いていることも身の回りには多いはずです。

“アノニマスは新しい社会機構の幕開けとなる/大規模なパワーシフトの一端”だと説きます。リーダーも階層も拠点もない、プロセスも文脈も仲間もいない。4chanというコミュニティから生まれた匿名集団のことを考えると、「2ちゃんねる」の先進性が浮かび上がります。

「大きいもの」を連結した個人が破った先例は、2001年TIME誌のパーソン・オブ・ザ・イヤー、ネット投票で2ちゃんねるの連中が田代まさし票で1位を取った事件。これを逃してはパワーシフトは語れませんね。

「第五の権力」にしろ「ビッグの終焉」にしろ、スマホ/クラウド/ソーシャルが定着した影響を総括し、ウェアラブル/M2M/ユビキタスへの変革を展望する時期だという現れです。ぼくもスタンフォード大学との共同研究を通じて深堀りしようと企画しています。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2014年8月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。