シリア邦人拘束事件と馬脚を表した田母神俊雄

站谷 幸一

シリアで民間軍事会社『PMC』経営者のA氏がイスラム武装組織ISISに捕縛された。無事な開放を切に祈るしかないが、今回の事件は、現状までの情報をまとめると、行動力だけ一万倍の素人が捕まったとしか言いようがない。同時に、今回の事件は、田母神俊雄氏が軍人ではなく「小役人」でしかなく、到底危機管理など出来ないことが明白となった。以下ではこれについて述べたい。


1.捕まったA氏は素人
(1)自称からして素人
公人ではないので、A氏とするが、彼は明らかに素人だ。
プロフェッショナルの危機管理コンサルやいわゆるPMCの関係者を友人として持つ人間としては、あまりにもお粗末すぎる印象を受けるからだ。多くの人間は、フェイスブックをやっていないか、あのような銃を構えた写真は出さない。

そもそも、民間軍事会社(PMC)と呼ばれる人間達は、PMCと自称しない。彼らの多くは頑なに民間警備会社と称する。民間軍事会社はやや批判的な意味も込めて周囲が使っているにすぎないからだ。しかも、会社名が「PMC」である。

これでは、暴力団組長が『私は暴力団の『暴力団』組長です」と名乗るようなのもだ。普通は「任侠団体の『○×組』組長です」と名乗るべきなのだが、A氏は同じことをやっているのだ。この一点からも素人だとわかる。

(2)そもそも日本では難しいPMC
PMC産業は我が国では難しい。
かつて自衛隊OBの集団である富士総合株式会社という企業が、911後のPMCバブルに乗じて、PMC産業に乗り出したことがあった。アフガンでの大使館等警備や日韓ワールドカップでの警備等、華々しい出発だったが、その後は伸び悩んだようである。イラク派遣で先遣隊を務めた優秀な自衛隊OB等も退社し、現在はHPもない。

勿論、我が国でも需要はある。
例えば、海運業界では、海賊対策として、PMCに所属するパキスタン等発展途上国の退役軍人を自動小銃で武装させ、タンカー等に搭載している企業も多い。要するに、海賊が近づけば、船員を船内の頑丈かつ飲料水などのある「開かずの間」に避難させ、退役軍人がその間、自動小銃で海賊を威嚇し、追い払えなければ、最後まで戦うというものだ。

また、アルジェリア事件を受けて、危機管理コンサル事業は注目を集めている。
つまり、欧米のように有事の避難体制の構築、普段からの情報収集、有事の避難指示や対処を専門家が行うというものだ。これは日本人でも何人か存在し、徐々に増えつつある。

しかし、ネックは人材である。
高度人材は途上国も含めて元特殊部隊員がゴロゴロしている。低度人材は、途上国軍出身でもっとゴロゴロしている。そんな中に元自衛隊第一空てい団だろうがなんだろうが参入するのは難しい。

朝日新聞の報道によれば、A氏は海運業界に売り込みをかけたものの「経験なし」と断られたとのことだが、当然だ。私だって、実績豊かかつ安いパキスタン軍OBに頼む。日本人が目指すなら、欧米のPMCで経験を経て、きちんと教育と経験を積んだ上で、危機管理コンサルなるという道だ。

私はPMC問題は専門外である。しかし、ちょっと調べるなり、伝手があれば、ほぼ未経験かつ一人しかいないPMCが、やっていける業界ではないとわかる。

このように、A氏は行動力だけはあったが、知識も経験も見識もない人間なのである。要するに、夢見る素人なのだ。おそらく、善人の部類だと私は思う。なお、ミリタリーマニア向けショップの店長だったとの情報が流れているが、さもあろう。
一刻も早い、Aさんの無事な開放を祈っております。

2.危機管理の素人:田母神俊雄
さて、このA氏は、チャンネル桜の水島取締役や元空幕長の田母神雄夫氏とのツーショット写真をフェイスブック上に乗せ、内外の注目を集めている。

実際、ISISの支持者もしくは関係者と思われる「フリー・ジャーナリスト(@DrA12325665)」氏はA氏の動画を紹介しつつ、田母神氏との関係を盛んにアピールしている。

つまり、ISISを「空爆」している米国の同盟国である、日本の元空軍司令官と関係の深い、民間軍事会社社長がISISの敵である自由シリア軍の一味として捕縛された、そういう認識をイスラム過激派がもっていると言っても過言ではないだろう。(多方面の方が直接、A氏は単なる素人だと伝えているようだが)

当然、田母神俊雄の対応が注目される。
極右と言うべき保守派であり、自称危機管理のプロである。
在外邦人の安全を確保すべきと言っている。
政治家を目指しており、A氏は彼の支持者である。
実はいい人ですとも言っている。
きっと、侠気に溢れた発言が出るものと考えていた。

しかし、昨晩の彼の第一声はこれである

これだけである。しかもAさんの名前を間違えている。
唖然とするしかない。イスラム過激派に怯えたとは思いたくないが、「自分は無関係だ。マスコミは来ないでくれ」と小役人のようなことを言ったのである。

もし危機管理のプロを自称する軍人政治家ならこう言うべきだろう

「一回会っただけでも、袖摺り合うは他生の縁。自分が乗り込んで、彼はスパイではないと説得する。身代わりになってもいい。交渉させてほしい。マスコミ諸氏は邪魔しないでくれ」
「ISISの諸君、私はユダヤの手先ではない。反米愛国主義者だ。彼は私のファンで、たんなるお調子者だ。どうか同じ理想を掲げる人間として許してやってくれないか?私が代わり身になってもいい。どうか、許してやってくれ」

少なくとも私が彼の立場ならそうする。
政治的、戦略的に自分の評価を上げられるし、人道的に自分のファンなら助けるべきだからだ。マスコミの取材依頼も抑制できるだろう。
何より、これまでの自分の吐いた言葉に責任を取らなければならないからだ。

せめて、「安否が気にかかります」ぐらい最初に言うべきではないのか?

しばしば指摘されるように、右翼は頭が良くないかもしれない。コミュニケーション能力もないかしれない
文字通り、日本が好きなだけの、何も持たない男たちである。

でも、彼らはたったひとつだけの素晴らしいものがある。
侠気である。義を見てせざるは勇なきの日本精神である。
この人間性の偉大さの前では、左翼の多少の小賢しさなど吹き飛んでしまう。
だから私はネット右翼を批判するが、嫌いではない。

私はかつて右翼的であり、保守派の書生をやったこともあるのは、この為であり、最終的に、戦前の自由主義者(小さな政府、人権重視、国際協調、尊皇愛国)に転向した一因は、保守派の多くが「保身派」だったからである。今回の田母神氏のように。

たった一つの売り物をごろっと捨ててしまい、危機管理の素人だと証明した田母神氏はどこへ行くのだろうか。
いずれにせよ、このような人物を首都直下地震を前にした、都知事にしなくて良かったと喜ぶべきだ。

付記
後日、田母神氏が近年の戦争形態に無理解だということを指摘したいと思っていますが、やはり、巨大な官僚組織としての自衛隊で出世し、最後は調子にのってネジをとばしてしまった人なのだなと嘆息します。
ただ、これは東条英機も石原莞爾も所詮は、優秀な実務官僚(前者は事務屋として、後者はビジョナリーとして)に過ぎなかったことを考えれば、当然なのかもしれませんが。この場合、田母神氏はむしろ、青年将校を見捨てた真崎甚三郎と言うべきなんでしょうが…

站谷幸一(2014年8月19日)

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