『武力行使不拡大』の「鮮やかな一手」とは?

北村 隆司

人間に出来て、動物に出来ない事は数え切れない程あるが、「ウソをつく」ことや「戦争をする」ことは人間にしか出来ない事の代表例である。

「知能」が低い動物たちが、種の保存と言う本能に従った無欲で正直な生活をしているのに比べ、高度な言語を扱い「 集団的誤解」をする唯一の動物だと言う人間の特徴を悪用した指導階級は、デマ、扇動、陰謀などあらゆる手段を使って自分たちに有利な「差別社会」を作ってきた。

「動物にも劣る」とは正にこの事を指すのであろう。


国内のテロや暴動の動機となる貧困も、絶対的貧困(必要最低限の衣食住の確保が困難なほどの経済力不足)よりも、「理不尽な差別」で起きた相対的貧困に対する不満の爆発によるものが多い。

国際紛争の要因も、朝鮮動乱やベトナム戦争当時のような冷戦構造のもたらした体制(イデオロギー)の違いによる争いから、人種、民族、宗教、文化、言語などを理由にした不当な差別に対する不満に変ってから久しい。

実質的に単一民族、単一言語の国である日本では、人種、民族、言語の違いによる差別を他人事に思う傾向がある。

しかし、新崎盛暉沖縄大学名誉教授は「明治から戦前までの日本政府と国民の大多数は,琉球の歴史と文化を知らず,教えず,理解しようとせず,差別し,蔑視し,弾圧してきたが、それは日本政府の植民地朝鮮や台湾における同化,皇民化教育の試金石として、まず教育を通して琉球語を弾圧して撲滅しようとした。」と指摘し、日本にも言語や民族による差別があった事を示している。

入学試験、公務員試験をとっても公用語の及ぼす影響は甚大で、それを知るインドは、独立後の言語戦争の勃発を恐れ、どの言語からも中立で多くの人口が理解する英語を公用語に加えて騒乱を防いだが、ベンガル語を使う当時の東パキスタンにウルドウ語を強制したパキスタンでは、1971年のバングラデシュ独立戦争につながった。

先進国でも、フランス語を常用するケベック州の独立騒動が起きフランス語を公用語に加えて国家の分裂を避けたカナダの例もある通り、言語と平和は深い繋がりを持っている。

松本徹三さんがアゴラ記事「米国は『正義』よりも『武力行使の不拡大』を追求すべき」で指摘した「国際正義」は、国家主権(領土保全)と民族自決と言う対立する原則を、詭弁とダブルスタンダードを駆使して自国の都合で使い分ける事が常態化した現在、亡霊と化して仕舞った。

このような情勢で世界に恒久平和が訪れる可能性は、豚が木に上るより少ないが、松本さんが求める「現状の平和の固定化を実現する鮮やかな一手」はありうる。

その為には辻元先生の指摘する「紛争の要因除去」が必要だが、それは、人種、民族、宗教、言語などによる差別を招き、紛争の「火薬庫」となっている国境線の全面的な見直しをする事である。

このような事を言えば「机上の空論」とか「荒唐無稽」と言う非難が澎湃として起る事は覚悟しているが、国境の見直しで平和が回復した事例は意外に多い。

平和的な国家の分離と国境の変更を実現した例に、ビロード離婚と言う通名を持つ1993年のチェコスロバキア連邦共和国の連邦制解消がある。

更に、今秋に行なわれるスコットランドの分離独立投票の結果によっては、通称イギリスの「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」の国境が平和裏に変る例が増える事になる。

又、南チロルがイタリアから分離しオーストリアとの併合が実現する可能性も増している。

犬猿の仲のギリシャ人多数派とトルコ人少数派が対立するキプロスの国境線変更には相当の時間を必要とする事は間違いないが、未だに紛争の火種が残っているスペインや北アイルランドの国境線も話し合い解決の可能性は大いにある。

一方、多くの犠牲者を出して国境線を変更した代表的な地域に、欧州の火薬庫と呼ばれた「旧ユーゴスラビア」のバルカン諸国がある。

「七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家」といわれるほど複雑な要素が入り組んだユーゴスラビアは、強権による弾圧と国内融和を巧みに駆使した少数民族に属するクロアチア人のチトーのカリスマ政策によって統一を保って来たが、チトーの死とその後の自由の導入と共に国内は内戦状態となった。

1991年のスロベニア紛争(十日間戦争)を皮切りに、クロアチア紛争(1991年 – 1995年)ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争(1992年 – 1995年)コソボ紛争(1996年 – 1999年)マケドニア紛争(2001年)と連続して戦火に見舞われ、国連決議も無しに介入したNATOの戦力もあり、何十万の被災者や何万の犠牲者を出して昔の6共和国にコソボ共和国を加えた7共和国に分裂してやっと戦火は収束した。

こうして独立した各国の経済発展はばらばらで、独立以前よりも生活水準が低下した国も多いが、差別の撤廃により社会の安定を脅かすような不穏な状態はなくなり平和な生活に戻っている。

この事からも、社会の不穏の主要な原因が「絶対的貧困」よりも、「理不尽な差別」に対する不満にある事は間違いない。

国境線の変更を実現するる為には事態の緊急性と関係住民や権力組織の習熟度を勘案して決めてゆく必要があるが、独立の承認又は国境線の変更の必要な地域を幾つか挙げると:
(1)4千万人近い人口(ポーランドやカナダ並みの人口)を持ちながら、トルコ、イラク、イラン、シリアなどに跨る居住区に暮らし、独立を許されていないクルド人居住区を統合して独立を許す事は戦火の防止には欠かせない。
(2)イラクをシーア派、スンニ派、クルド人居住区に分割して独立又は連邦国家とする事の承認。
(3)アルメニア人が90%を超えるアゼルバイジャンの飛び地地帯ナゴルノ・カラバフのアルメニア帰属の承認。
(4)モルドバのルーマニア人居住区のルーマニア編入承認。
(5)ロシア北コーカサスの回教徒圏、特にチェチェニアの独立承認。
(6)アフガニスタン北部の多数派民族であるタジク人居住地域のタジクスタンへの帰属承認。
(7)チベットの独立承認。
(8)ウイグルの独立承認。
(9)内蒙古の蒙古帰属承認。
などがある。

ここに挙げた地域以外にも世界の火薬庫は多数あるが、国と部族の勢力が拮抗するアフリカやアジアの一部は除外した。

民族自決とは言っても注意すべきは、1937年以降スターリンによってソ連国家に反感を持ちそうな民族を丸ごと中央アジアのカザフスタンや極東シベリアの遠隔地に強制移住させた政策や、その逆に少数民族の居住区に大量の漢族を送り込み、自民族で多数派を形成させた中国のの民族浄化政策で、これを認める訳には行かない。

国家主権か民族自決かと言う原則論の前に、これらの構造的原因を除去しない限り世界に地域的平和は訪れない。
それが、世界の国境線の見直しである。

戦前から現在のウクライナ以上に東西欧州文化が衝突を続けていたチェコスロバキアの平和裏の連邦解消などは、大戦終了時には想像も出来なかった事で、同じ時間をかけて民族自決の原則を尊重した国境線の確立に努力すれば、騒乱のくすぶる国境地帯の変更も大いに期待出来る。

民族自決権は人々が自分たちの国を建国する権利と定義され、国連憲章でも認められた重要な原則だが、問題は先進国の政府にとって一般民衆の利害は無縁になっている事である。

2003年に始まった米国のイラク侵略戦争は、5千人超の米国兵士の死者と米国だけで一兆ドルを超える直接戦費を費やし、十万人を超えるイラク人死者に数百万に上る難民を出しながら何一つ解決していない。

人道主義と言う精神論だけで社会は機能しない。然しインターネットが発達し、SNSが既存のメディアに肩を並べるほどの影響力を持った現在、世界の諸国民が一致して米国の対イラク政策の失敗を例に挙げて、不当な差別に苦しむ諸国民を具体的に満足させないと選挙に勝てない制度に変える事が出来れば、先進国の政治家の取り組みは全く変るであろう。

欧州では平和裏に国境線を変える萌芽も見え始めた現在、紛争の火薬庫を取り除く「ビロード革命」による国境線の変更が、他の地域でも半世紀以内に実現する可能性は大いにある。

最難関のパレスティニアとイスラエルの問題だが、世界の小競り合いが減り、中東各国の火種も下火になって、世界がこの問題の解決に集中出来るようになれば、おのずと解決の方向に向かうに違いない。

これが、辻元先生の指摘する「紛争の要因」を除去しながら、松本さんが求める「武力行使不拡大を実現する」私の提案する一手である。

2014年8月19日
北村 隆司