サンデルが当たって以来、「何とか大学講義」の類がいまだにゾロゾロ出るが、本書は講義ではなく、物理学者の書いたエネルギー問題の入門書だ。これがおおむね世界の常識だろう。特に独創的なことが書いてあるわけではないが、エネルギーといえば「原発か否か」という視野の狭い話ばかりしている日本では、多くの人に読んでもらいたい。主な結論を列挙しておく:
- 福島第一原発事故はメディアが騒ぐほど破局的な事故ではなく、エネルギー政策を変えるものではない。日本の最大の悲劇は、合理的な理由なしにすべての原発を止めたことだ。
- 原子力は安全であり、核廃棄物の処理は技術的には解決ずみである。人々の恐怖は誤った情報と政治的宣伝によるものだ。
- 特に恐れられているプルトニウムは、水に溶けないので地下水に漏れ出しても害はない。それ以外の核廃棄物も、100年後にはほぼ無害になる。
- 核燃料サイクルは、経済的に無意味である。非在来型ウランが300分年以上、海水ウランを含めると9000年分あるからだ。
- 地球温暖化の大部分は人為的なものだが、それをコントロールするには中国を中心とする新興国の協力が必要だ。
- シェールガスの発見はエネルギー産業に大変革をもたらし、今後のアメリカのエネルギーの中心となるだろう。
- アメリカのエネルギー問題の弱点は自動車だ。重要なのは化石燃料を減らして合成燃料や天然ガスなどに代える技術だ。
- エネルギー効率の改善はもっとも有望な技術で、収益性も高い。
- 太陽エネルギーは急速に進歩しており、風力のポテンシャルも大きいが、こうした電源は送電網の改良を必要とする。
- エネルギー貯蔵技術はもっとも重要だが、技術的には困難で高価だ。もっとも効率的な方法は蓄電池だが、天然ガスによるバックアップのほうが安い。
- 水素燃料には未来がない。地熱や潮汐発電や波力発電も、大した規模にはならない。
- ハイブリッド車には将来性があるが、プラグイン・ハイブリッドや電気自動車のコストは高すぎ、今後ともガソリンと競争できない。
ただし私が原著の書評で指摘したように、福島事故について「22000人が一人220mSv被曝した場合」というありえない想定で、癌による死者が最大100人ぐらい増えると試算しているのは間違いだ。国連の報告をみれば明らかなように、福島で放射線の健康被害は出ない。これは事故直後の未確認情報によるものだが、いま日本でこんな予測を出すのは誤解をまねくので、★一つ減点した。版元は重版で数字を修正すべきだ。