嘘だらけの正義 - 『朝日新聞元ソウル特派員が見た「慰安婦虚報」の真実』

池田 信夫



慰安婦問題を批判する人は、かつては産経新聞のような右翼しかいなかったので敬遠されていたが、最近は社会の常識になってきた。本書は朝日新聞のOBが書いたもので、ナショナリズムとは無関係に、報道機関としての品質管理と説明責任の欠如を問うものだ。

著者は1980年に、吉田清治から電話で売り込みを受けたという。そのとき彼が話したのは「徴用工狩り」の話で、女性の話はまったく出なかったが、1983年には「200人の女性を慰安婦として連行」したという本を出し、その後は人数が950人、2000人と増えていった。彼は自称「著述業」だったので、本や講演でおもしろい話をするサービスと考えていたのだろう。

朝日の植村記者の「挺身隊として強制連行」は吉田の受け売りだが、韓国でもこれを受けて慰安婦を挺身隊と呼ぶようになった。韓国の米軍基地のまわりには、たくさん娼婦(洋公主と呼ばれた)がいたため、「慰安婦」というとこういう軍用娼婦を連想するので、無理やり働かせたという印象のある「挺身隊」を使ったのだという。実際には朝鮮には女子挺身隊はなく、記録が残っているのは内地の工場が募集した数少ない女性だけだ。

日本政府が河野談話で謝罪し、アジア女性基金で実質的な賠償をしたことで、韓国政府はいったん矛を収めたが、挺対協などの圧力で、90年代後半にまた個人補償の話を蒸し返した。そのときも朝日は社説で「国家補償をしないという建て前は維持できなくなった」と、日韓条約の破棄を求めている。誤報だけでなく、こうした社論の検証も必要だ。

本書で大活躍するのは、朝日の松井やよりだ。著者がソウル特派員だった80年代にソウルに何度か来たが、反日運動だけを取材して「挺身隊」を告発する記事をたくさん書き、女性国際戦犯法廷を主催するなど運動の中心になった。彼女の記事は、報道というよりフェミニズム運動のアジビラだった。それを放置した朝日の責任も重い。

本書も、90年代に慰安婦問題が出てきたのは、冷戦後の左翼の生き残り策だったという。それまで「社会主義=平和勢力」として一定の政治勢力をたもってきた左翼が、社会主義という看板を失い、絶対悪として糾弾しやすい性暴力に目をつけたのだ。慰安婦問題の背景にあるのは、日本の戦後リベラルの思想的貧困である。こんな嘘だらけの話でしか支えられない正義とは何だろうか。