石破氏と安倍首相の対立が取りざたされている。
ここでは政局的な文脈ではなく、二人の安全保障観の違いを対立の背景として分析してみたい。その際、要素としては、対米観、政策姿勢、ブレーン、国会を取り上げるものである。
1.対米関係に見る対立:親米派VS自称親米派
一見、どちらも親米派だが大きく違う。石破氏は実務的な協力重視である一方で、安倍首相は観念論重視の『自称』親米派だからである。この点は、戦後のサンフランシスコ体制をどう考えるかを見ればわかる。
安倍首相は、かつては明確に、現在は婉曲に「戦後レジーム打破」を目指している。しかし、戦後レジームとは、つまるところ日米安保を含むサンフランシスコ体制からなるのであって、米側が靖国参拝等で懸念するように、究極的には戦後の国際秩序と日米関係の破壊でしかない。
安倍首相は、どうやらこの理屈が何年たっても、第一次政権以降、何回躓いてもわからないらしい。つい最近も、対米関係を破壊し、美しい国土を焼け野原にしたA級戦犯を祖国の礎になった云々等としているのが好例である。だから安倍首相は『自称』親米派でしかなく、オバマ政権から「失望」されるのである。
他方、石破氏は違う。先の大戦の否定を出発点とするサンフランシスコ体制を肯定している。彼が、東京裁判の手法はともかくとして結果を受け入れるべきであり、日本は「遅れてきた侵略国家」であり、先の大戦は結果が分かっていたにもかかわらず突入した愚かな戦争としている。
故に、米政府の厚遇を受けるのである。今年5月、石破氏は訪米したが、その際、バイデン副大統領とヘーゲル国防長官と会談する機会を得た。自民党幹部がこうした扱いを受けるのは稀であり、オバマ政権が石破氏に期待しているのがわかる。(皮肉なことに、この扱いは2005年の総理就任を目前にした安倍幹事長代理以来)
2.異なる政策姿勢:理屈の石破氏VS政局の安倍首相
石破氏の政策姿勢の特徴の第一は良くも悪くも理屈先行型ということだ。現実の情勢よりも論理的な結論を優先するのであるつまり、現実的に正しいかは棚において、自らの思考を優先して発言してしまうのである。過去の石破氏の失言を見ればよくわかる。
ロシア軍がクリミア半島に侵攻した際、石破氏は「ウクライナにおける自国民保護ということなのであって、日本流に言えば邦人救出という話」「わが国が邦人保護のために自衛隊を派遣することになっても、それは武力行使とか武力介入というお話にはならない」「国連と何の関係もないものも、武力介入、武力行使にならないのは世の中の 常識」とロシアを擁護してしまった。これがいかに「政治的に」間違った発言かは言うまでもない。
しかし、自衛隊による邦人保護は認められるべき、という発想を念頭に、国際情勢だとか、中国が同様の行動をしたらどうするべきかとか、西側の一員とか、そういう現実の情勢を考えずに、純粋に論理的に考えれば当たり前の結論である。
報道番組で、軍事裁判所について聞かれた時も、石破氏は「従わなければその国で起きる最高刑である、死刑がある国には死刑、無期懲役なら無期懲役、懲役300年なら300年、そんな目に会うくらいだったら出動命令に従おうっていう、『お前は人を信じないのか』って言われるけど、やっぱり人間性の本質ってのから目をそむけちゃいけないと思うんですよ」と答え、これが「戦争に行かねば死刑もしくは懲役300年」発言として問題になった。
だが、よく読んでみれば、石破氏は他国ではそうなっており、そうした本質に鑑みた場合、現行の脱走した場合の最大でも懲役7年は軽すぎるのではないか?と言っているだけに過ぎない。論理的には誠に正しい。しかし、こうした表現を使えばどういう反応が起きるかについて考えが及んでいない。論理的に正しいが、政治的に正しことへの配慮がないのである。
他方、安倍首相は理屈よりも政局を優先する。意外かもしれないが、安倍首相は極めて柔軟な政治家である。例えば、先日の広島の水害でも、一端は静養を継続しようとしたが、批判を受けると一転し、すぐに官邸に戻った。憲法問題でも当初は憲法改正を目指し、それが難しいと見るや、96条改正の裏口戦法に転じ、それも批判を受けるとあっさりとそれさえ口にしなくなった。
集団的自衛権もそうだ。当初の安倍首相の姿勢は、湾岸ショックをトラウマとする外務省の北米マフィアの意向を受けて、国連軍参加だろうが何でも出来る方向で明らかに進めていた。しかし、それが難しいと見るや、限定解除に大きく舵を転換した。
実際、高村副総裁は、次のように述べている。
「野党時代の当時の安倍前総理大臣は、高村さんの考え方は分かり易いですね、(集団的自衛権を)根っこから認める時は憲法改正ですね、必要最小限度のものだけ認める時は解釈変更でもいいということですねと言われたので、そういうことですと答えたのですが、私はその時びっくりしました。私はそれまで安倍さんは丸々認められる論者だと思っていましたから、意外と柔軟だな思った」
要するに安倍首相は実はかなり柔軟で政局に対応しようとする政治家なのである。問題は、しばしば彼が明後日の方向に「柔軟に」向かってしまうセンスの無さなのだが…
以上のことからわかるように、石破氏は理屈重視の頑固者、安倍首相は政局重視の柔軟な人間と正反対な政策姿勢なのである。これでは二人が仲良く出来るはずもない。
3.異なる政策姿勢:実務重視の石破氏VS箱モノ重視の安倍首相
安保政策で両者がもっとも異なるのは、この点だろう。石破氏は、実は集団的自衛権問題を「もっとも」重視していない。集団的自衛権よりも、現実に尖閣諸島で起こり得る「グレーゾーン」の脅威を重視している。
実際、石破氏は「「急迫不正の武力攻撃」に当たらない主権の侵害、いわゆる「グレーゾーン」に対応する、国連海洋法条約に沿った国内法制が未整備なのは我々国会の責任です。早急な対応をしていかなくてはなりません」と強調しているし、集団的自衛権関連の法案よりも、離島の領域警備などグレーソーン事態に対応するための法案を優先して通過すべきと発言もしている。
他方、安倍首相は集団的自衛権容認が成ればどうでもいいと思っている節がある。実際、安倍首相は「グレーゾーン」問題にあまり関心がない。集団的自衛権を容認させる為の理屈で途中から盛り込んだが、最近ではほとんど触れていない。明日にでも中国の海警なり武装民兵が尖閣諸島に上陸するかもしれないのだが、彼の関心は集団的自衛権容認という箱モノ一直線である。
また、石破氏は防衛省改革に執心だ。彼の主張は、防衛省の内局を(1)制服組を一佐級まで配属する軍民混合型、(2)装備調達、政策担当、作戦担当の三種類に再編、(3)装備調達の抜本的改革すべきというものである。筆者としてはこれはこれで箱モノ改革に過ぎぬと思うのだが、少なくとも石破氏が実務的な改革に熱心なのは間違いない。
しかし、安倍首相は防衛省改革のような実務的な話題には無関心である。防衛庁を防衛省に昇格させたぐらいだが、これこそ究極的な箱モノ政策である。自衛隊の戦力が上昇するわけでもないからである。石破氏に比して、中身がないことこのうえない。
集団的自衛権に関しても実務VS箱モノは見てとれる。石破氏は、ひどく単純化した物言いをすれば、国連軍であろうが、地球な裏側であろうが、国会承認を前提として、どこへでも何でも出来るようにすべきだとの立場である。つまり、今までよりも、自衛隊の他国との共同行動をより柔軟かつ自由にしようという考えである。
また、石破氏は「法制度さえできれば、魔法のごとく自衛隊が限定的という前提を置いても、集団的自衛権を行使できるものでもなくて、法律をきちんと作り、装備を整え、そしてまた、それに見合った訓練をするということで、初めてできるようになることです」とも述べており、各法・装備・訓練が無ければ無意味としている。中身重視なのである。
しかし、安倍首相は集団的自衛権容認が出来れば何でもよいようだ。極言すれば、中身などはどうでもよく、「容認」と名前がつけば何でもよいのである。
実際、公明党との妥協を経て完成した解釈に、防衛官僚は頭を抱えていると聞く。それはそうだ。今回の解釈変更は、これまで個別的自衛権で可能と解釈してきた内容を、集団的自衛権として承認しただけだからだ。つまり、これまでとなんら変わらず、これで自衛隊法を改正しろと言われても、駆けつけ警護云々はともかくとして、ほとんど変更できないからだ。これでは言葉遊びの法改正か、批判を承知での根拠なき法改正かしかない。
だが、安倍首相はこれで御満悦なのを見ると、本当に箱モノにしか興味がないようだ。石破氏のような装備・訓練についてのコメントはほとんど耳にしたことがない。(その意味で、よく朝日新聞等の行う批判は過大評価であって的外れだ。本当の問題は箱モノ政策が国防に与える悪影響だ)
石破氏は各種報道によれば今回の閣議決定の内容に不満を抱いているとのことだが、さもありなん。何にも意味がなく、逆効果でしかないからだ。
安全保障法制についても、実務VS箱モノだ。石破氏は、よく日本の安全保障法制を「増改築しすぎた温泉旅館」と批判する。要するに、幹がないままに枝葉だけが絡み合って伸びてしまって非効率かつ矛盾をきたしており問題だと言うのである。さりとて、温泉旅館を営業停止にして全てを新築するわけにはいかない。中国や北朝鮮その他にその間は攻撃しないでくれ、とお願いするわけにはいかないからだ。
また、石破氏は現状の安保政策が閣議決定や法制局答弁が主な根拠になっていることは、不安定であり、民主的な透明性を確保できておらず、問題だと著書で繰り返し述べている。そこで、石破氏が主張するのが、安全保障基本法である。まずは太い幹を一本通すことで、複雑になった枝葉を整理していこうというのである。
しかし、安倍首相はこうした実務的なことには興味がない。事実、安全保障基本法を先送りする姿勢である。石破氏からすれば、本人曰く10年以上手塩にかけ、党内プロセスを全て通してきた安全保障基本法をこのように扱われれば我慢ならぬだろう。
故に両者の対立は、この面でも必然なのである。
「石破幹事長VS安倍首相―真逆の安全保障観―(下) 」に続きます
站谷幸一(2014年8月29日)
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