華やかな「国立歌劇場」の舞台裏 --- 長谷川 良

アゴラ

世界3大歌劇場の一つ、ウィーン国立歌劇場の音楽監督だったフランツ・ウェルザーメスト氏は9月5日、「この日を期して全ての職務から降りる」と辞任を発表した。世界的指揮者として2010年、病気のため辞任した小澤征爾氏の後任に就任し、これまで2度、慣例のニューイヤー・コンサートを指揮してきた。ただし、ニューイヤー・コンサートでは、演奏後、縫いぐるみを楽団員に配るパフォーマンスをしたことから、ニューイヤー・コンサートのファンから「アイデアが良くない」と批判されたことでも知られている。

▲世界3大歌劇場の1つ、「ウィーン国立歌劇場」(2012年4月30日、撮影)


ウェルザーメスト氏はオーストリア国営放送とのインタビューで、辞任理由を「芸術的見解で相違があった。これまでそれを克服するために努力してきたが、難しかった」と述べ、国立歌劇場のメイエ総監督との対立を辞任の主因に挙げ、「辞任は決して容易ではなかった。経済的な損失も大きいが、辞任の道しかなかった」と説明している。音楽監督として予定していた30以上のコンサートもキャンセルするという。

それに対し、メイエ総監督は「影響は大きいが、仕方がないことだ」と述べ、地元オーストリア出身のウエルザーメスト氏と個人的な意見の相違があったことを暗に認めている。国立歌劇場は後任の選出に乗り出している。

国立歌劇場の舞台裏や音楽家、芸術家たちの世界に疎い当方はここで音楽監督の辞任の背景などを書くつもりはないし、書けない。それらの詳細な背景は音楽評論家の解説に委ねる。当方が関心をもったのは、華やかな舞台とコンサートを提供する国立歌劇場の舞台裏で(メイエ)総監督と(ウェルザーメスト)音楽監督の間で葛藤劇があったという事実だ。もちろん、単なる個人的好き嫌いの次元ではなく、芸術的な見解の相違が今回の辞任劇の主要な原因だろうが、当方の目には、2人の、才能のある芸術家の人間的な戦いがあったのではないかと考えている。

音楽の都ウィーンでは芸術家、音楽家たちが織りなす人間的葛藤劇が時たま、報じられる。最近では、独演劇の最高峰ブルク劇場のマティアス・ハルトマン支配人の辞任劇もそうだった。経営上の問題が大きな契機だったが、その背後には支配人と劇団員たちの人間関係がもつれていたこともあったはずだ。

どのような組織でも指導者とメンバー間の人間関係がうまくいかない場合、その組織は発展しない、いつかは自壊していく。ゲーテの「親和力」ではないが、人が集まれば、関係が生まれる。その人間関係の良し悪しが未来を決めていく。昔から言い尽くされてきたテーマだが、やはり大きな課題だろう。

人間は「関係存在」として創造されたが、アダムとエバが堕落し、兄カインが弟アベルを殺害することで、神と人間、夫婦 親子、兄弟姉妹など、人間同士の関係 それら全てが破壊されてしまった。すなわち、縦横の本来の“関係”を失ってしまったわけだ。人間社会が織りなす全ての悲喜劇は最終的にはこの関係ドラマに帰結するのではないだろうか。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年9月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。