モスクワの不動産業者の「宣伝文句」 --- 長谷川 良

アゴラ

“この別荘を購入した人にはヘリコプター1機プレゼント”

こんな宣伝文句を聞いたことがあるだろうか。モスクワ郊外の不動産の広告だ。けっして子供たちのレゴ遊びではない。

モスクワ郊外に大きな敷地にある別荘を購入するためにはもちろん巨額の資金がいる。ヘリコプターもその大きさによってコストは違うだろうが、けっして安くないはずだ。その両者がセットとなって今、モスクワで売り出されているというのだ。少なくとも欧州社会では聞いたことがない規模のデカい不動産ビジネスだ。


ロシア富豪たちの生活は桁が違うとよく言われる。ロシア富豪の生活ぶりはこのコラムでも数回紹介した。ウィーンの日本レストランにロシア富豪の家族が食べに来た時の話だ。その注文する量と食べ方は通常ではない。ロシア人は寿司や刺身が好きだから、大量に注文する。食べ残すほどだ。そしてお勘定の時、大札のチップを気前よく振る舞う。チップで気前のいい米国旅行者もロシア人のチップには勝てない。食べ方は行儀良くはないが、チップはいい、ということでレストラン側もロシア客を大歓迎する。

冬になればチャーター機でザルツブルクやチロルのスキー場ーに家族で来る。チロルではロシア語ができる人を雇っているホテルもあるほどだ。採算が合うからだ。スキー・シーズンになればモスクワ発のチャーター機でザルツブルクやインスブルックの飛行機場は一杯となる。

ロシア富豪の一部はウクライナ紛争に関連した欧米諸国の制裁で渡航禁止リストに載っているから、この冬はスキー休暇を見合わせなければならないかもしれないが、大多数の富豪たちは今年もスキーを楽しむだろう。オバマ米大統領がゴルフ狂のように、ロシアの富豪たちはスキーが大好きなのだ。

ところで、ロシアの富豪たちはどうして西側の人々も羨むほどお金持ちとなったのだろうか。答えは簡単だ。ガス、原油、地下鉱物資源の輸出だ。すなわち、クレムリンの権力者と巧みに手を組んで一山を当てた人々だ。ロシア語で「オリガルヒ」と呼ばれている人々だ。もちろん、全ての富豪たちがそうだとはいえないが、スーパー・リッチと呼ばれる人々は例外なくそのような人物たちだ。

ハーバード大学の国際政治学者ジョセフ・ナイ教授は、「ロシアは将来、中国にガスや原油を供給するガソリンスタンドの存在に過ぎなくなるだろう」と予想している。ロシアが抜本的な経済改革を実施しない限り、同国は先端技術の生産・開発力を失い、原油とガスの輸出依存の未開発国の地位に留まるというのだ。

欧米諸国の対ロシア制裁はロシアの国民経済を確実に弱体化させている。ルーブルの下落、外国投資・資本の流出などは既に現実化している。モスクワのスーパーではこれまで西側から輸入してきた農産物や商品が姿を消し、ロシア産の農産物だけとなってきた。富豪者向けのスーパーだけは依然、西側からの輸入農産物が売られている。モスクワの多くの年金者は貧困ライン以下の生活を余儀なくされている。

ロシアの国民経済は厳しい冬を間近に控えているが、ロシアの富豪たちはどこ吹く風といったように、欧米社会のショーウインドーを覗いては、財布のひもを緩めている。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年10月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。