シンガポールの日本人美容師から聞いた日本の悪循環

田村 耕太郎

高齢化する美容室の顧客
シンガポールに移られてイキイキされている美容師さんにカットしてもらった時の話。東京の一流店よりやや高い値段設定だが、彼は大人気。予約を取るのも楽ではない。東京に見切りをつけて、アジアに骨をうずめるべく、家族とともにシンガポールに移住してきたこの美容師さんから学ぶことは常に多い。これだけの決断した人なので、日本の、東京の、現状を冷静に正確に見ていると感じる。

「東京の高齢化も深刻だと感じます。美容室のメッカは原宿や青山ではなく、銀座になっています。美容業界で若い人という定義も、少し前まで10代後半から20代前半だったのですが、今や5歳以上上がって30代前半までを指します。お客さんの高齢化は激しくて、美容業界も介護予防のようなサービスに入っていっています」

「主要顧客だった若い女の子は節約に走っています。もう美容室とか来ないですね。だから原宿や青山で美容室をやっていてもお客さんはこないのです。彼女たちは自分でなんでもやるのです。美容器具が進化しているので、友達とそれをシェアしてカットとセットしあったり、またはスマホで簡単にカットモデル依頼が見つけられるのでそこでプロにやってもらったりしています」


激減する消費
理美容に限ったことではない。飲食業にもこういう若者の志向は打撃を与えている。若い社員には弁当男子だといわれる自分で朝弁当を作って会社で食べている人が増えているらしいが、これは男女にいえることで、外食もあまりしなくっているという。夜の飲み会も行かない若者が多いという。

「単純に若者はお金がないのだ」という意見もあるが、どの時代でも若者はお金がなかったのだと思う。「お金がなくても借金してでも消費するのが若者であった」といえるのではなかろうか?

完全な悪循環の始まりだ。人口減少と高齢化で、たださえ、消費活動が不活発な世代が増え、消費活動が活発といわれる若い世代の数が減っているのに、その若い世代が消費活動を抑制しているわけだ。

若い子は若い子なりに、自分たちの時代に希望が持てず、これから税や社会保障の負担が重くなり、将来返金は大幅になくなってしまうのを、今のうちからなんとなく気づいているのではないかとこの日本人美容士さんは、彼の会社の若手写真と話していて思うという。「政治や上の世代を信用せず、若者は自己防衛に入り始めているのではないか」とのこと。

無駄使いの王様であったバブル世代の私からみて、若い人が無駄使いしないというのは立派なことである。しかし、経済全体では、消費の主力とあてにされている世代が、消費を抑えて節約に走ったら日本経済はどうなるだろうか?

その美容室にあった日本の雑誌には「シニア家電が人気」と出ていた。そのページを開いてみると、シニア家電とは少量のご飯を炊く電気炊飯器とかのことだ。少ない量でも美味しく炊けるというふれこみだが、「シニアは食べない、着ない、買わない」を象徴した話だと思った。

シンガポールのこの美容室は日本の最大手美容チェーンとのJVなので、シンガポール含め東南アジアへ派遣される予定の美容師が列をなしているという。「今のわが社の若い社員でシンガポールに来たいという子は増えていますね。シンガポールやアジアのイメージは年々よくなっていますからね」と。日本の閉塞感とアジアの高揚を彼らは感じ始めているのだと彼は指摘していた。

東京の花金がシンガポールの月曜の夜
「この前のシンガポールでのF1グランプリの時でも東南アジアをはじめ、世界中から若者が集まり、それを盛り上げるための企画が、街中にたくさんある様子をみても、シンガポールの方がはるかに街の力を、東京なんかよりはるかに感じさせますね。シンガポールの月曜日の夜が東京の金曜の夜といってもいいのではないでしょうか?日本は、唯一元気な東京をもってしても、よく言えば、成熟した街くらいにしか思わせてくれないと思います」と。

高齢化と人口減少がもたらす惨状について地方都市ではすでに起こっているが、東京はまだ大丈夫だと思っていたが、美容業界の最大手の方から聞く実情を見れば、東京でも事態は深刻だと思う。単純な人口減少と高齢化の話ではなく、それが進む過程で、この話(若者が高齢化と人口減少がもたらす将来不安から節約に走り始めている)のように、悪循環を加速させる現象が起きてくるのだと思う。

こちらのローカル散髪屋でズタズタにされた頭髪を見事にきれいに直してもらった。この技術はアジアで高く売った方がいいと思う。気持ちよかった。