【GEPR】使用済み核燃料問題は解決している --- リチャード・ムラー

2014年12月に行われたリチャード・ムラー教授(カリフォルニア大学バークレー校)の日本での講義要旨を再掲します。

浜岡原発視察、福島事故から考える原子力のリスク–負担は必要だったか

エネルギーは、国、都市、そして私たちの生活と社会の形を決めていく重要な要素です。さらに国の安全保障にも関わります。日本の皆さんは第二次世界大戦のきっかけが、アメリカと連合国による石油の禁輸がきっかけであったことを思い出すでしょう。米国が中東に、第二次世界大戦後に深く関わったのも、ここが世界のエネルギーの主要な生産地だったからです。エネルギーは使うときに、私たちはその作られる過程を深く考えません。しかし、その背景を考えることは、どの立場にも必要です。私たちの生活、そして未来の世代にも関わります。

エネルギーを考える一つの経験を話しましょう。私はこのほど中部電力の浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)を視察しました。この原発は、津波が乗り越えて来ないように海抜22メートルの堤防をつくっています。これまで分かっている過去最高の浜岡での津波のレベルは6メートル。そして福島第一事故以降の浜岡原発での堤防をはじめとする地震や津波などに対する安全性向上にかかる総費用は、3000億円代後半という巨額でした。

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写真1・ムラー教授と浜岡原発の防波堤

「やりすぎなのではないか」と、私は思い、聞きました。ところが中部電力の説明によると、新しい知見により、安全性を高めるために必要だそうです。そして1年間、1基の原発を止めて代わりの火力発電をすると、1000億円の余分な燃料費のコストが毎年かかるそうです。浜岡では3基停止しているので、火力発電でまかなうことにより、毎年3000億円の余分なコストがかかっています。

この事実から2つのことが分かります。原子力の他のエネルギー源に比べた安さと、エネルギーが政治的な問題になってしまうことです。

東京電力の福島第一福島原発事故を考えてみましょう。日本には優れた科学者がたくさんいて、適切な研究を重ねています。そして政府は放射線量を世界に公開しています。当初、事故を起こした原発から半径30キロ圏内の約16万人の避難者が出ました。幸いなことに、事故放射線による被害はほとんどないことが分かっています。ところが避難先で痛ましいことに1000人以上の方が亡くなりました。そして除染や帰還目標の被ばく量をどの程度にするかで意見が分かれ、その避難の解除が遅れています。避難者の健康被害が必要だったのか、議論が起こっていると聞いています。

放射線のリスクは、過大に評価されている面があります。私は、カリフォルニアから日本まで飛行機で来ましたが、高度が高いと被ばくが増えます。機内で放射線を計測したところ、1時間当たり2.5マイクロシーベルト(μSv)でした。これは福島で現在、一番線量が高い場所である浪江町の計測値よりも高いのです。

人類は不幸なことに原子爆弾によって、人体と被ばくの関係のデータを得ました。広島、長崎のデータで解析してみましょう。このデータを当てはめると、福島の被ばく者の方の健康影響は、最大限でがんの発生が28人増える程度です。もちろん、これは必ず増えるという意味ではなく、過去のデータに基づく可能性を述べたにすぎませんし、実際には被害はほとんどないでしょう。

避難者が16万人、福島県の人口が250万人という数から考えれば、28人という可能性の数は非常に小さいものです。そして福島で住民の方は今、健康に暮らしています。そして日本人の3割が人生でがんにかかる統計があります。その増加の影響はほとんどないでしょう。

ちなみにコロラド州のデンバーでは年換算で10-15mSvの放射線量の場所があります。これは避難地域の多くの部分より高い放射線量です。デンバーでは花崗岩の上に都市が立ち、放射線量が高くなります。しかし健康被害の報告はありません。

また一日たばこ6本を吸うと10%の確率で肺がんが増えるというデータがあります。これも福島でがんが起こる確率よりも、はるかに大きいのです。

仮に、私が福島の現実に直面し、避難を勧告されたとしても、政府には叱られるかもしれませんが、私は自分の家に残ることを選択するでしょう。

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写真2・講演をするムラー教授

100年たてば核物質は無害化する

また原子力発電では、使用済み核燃料の問題があります。これは解決済みと、私は考えています。100年が経過すれば大半の核物質は無害化します。長期に残るのはプルトニウムという核物質ですが、現在の地中処分の最終処分の形を採用すれば、それが人々の体内に入る可能性はほぼありません。こうした事実は知られていないのです。

一方で原子力には多くのメリットがあります。エネルギーの発生量がとても大きいこと、そして各エネルギー源を比較した場合に採掘で事故の多い石炭、大気汚染をもたらす石油などに比べて、人体への害は、発生のエネルギー量当たりで、かなり小さいのです。また温室効果ガスの発生もありません。コストの面では、さまざまな仮定をおいても、石炭火力と原子力が、もっとも安いエネルギー源になります。

例えば、中国では大気汚染で健康被害が広がり、1日数百人から1000人の死に影響していると推計されています。これは発電と暖房で石炭を使用し、車の排気ガス規制が緩いためです。東日本大震災では1万5000人の方が亡くなりましたが、原発事故は大きかったものの死者はありませんでした。調べてみると、一般に広がるイメージと、本当の危険が異なることが数多くあります。

私は原子力には、可能性があると思います。安全性を高めた小型原発、東芝などが開発を進めている進行波炉などの第4世代原発が広がるでしょう。この採用は、中国が、日米仏などよりも速そうです。

しかし、これまで述べたように、原子力は政治的な問題になり、政治的なコストが科学者の予想以上に高くなってしまいます。そして社会的にも警戒する意見が大変多いのです。この点で活用する難しさがあります。

再生可能エネルギー、省エネの可能性

ただし、エネルギー源は、どれもメリットとデメリットがあります。

今回、高校生の皆さんが調べてくれたように、再生可能エネルギーについて、世界的に期待が高まっています。風力の可能性はとても大きいし、採算がとれるものになりつつあります。しかし、それは自然条件がよければという制約条件があります。水力、潮力、太陽光、地熱などの自然エネルギーはどれも無尽蔵に使えますが、人間が使える形に取り出すには発電設備が必要ですし、それぞれ問題があります。そして自然現象であり人間がコントロールできません。コストも、バックアップの電源が必要です。現時点では補助金がなければ化石燃料よりも自然エネルギーは高くなりがちです。

エネルギー貯蔵技術が改善しています。蓄電池の能力が上がれば再エネも普及するでしょうが、技術的には困難で値段も高くなっています。また蓄電池を活用した電気自動車も、運用されています。これも期待しますが、現時点では蓄電池の性能に限界があります

再エネは、コストを見極めながら、取り入れるべきでしょう。

アメリカと世界でシェールガスの増産という大きな変化が起こっています。アメリカではガスとオイルの値下がり、そして新しい産業の誕生というプラスの効果をもたらしています。しかしこれも問題があります。化石燃料のさらなる使用は、気候変動の問題をもたらしかねないのです。

私が、期待するのは省エネです。日本は、世界の中で製造業でも、また社会のエネルギー消費でも、省エネの先端を走っています。これを世界に広げてください。

気候変動は人為的な原因

最後に気候変動の話をします。高校生の方から「みんな違うことを言っていて分からない」という意見がありました。実は私も同じでした。いわゆる懐疑論がたくさんありました。疑うということは、科学の思索のきっかけになりますので、それを検証せずに否定すべきではありません。温暖化について「太陽の影響」とか、「都市化の影響」とか、「水蒸気の影響」とか、また「実際には起こっていないのでは」などの説がありました。私は仲間と一つ一つ検証していきました。結局、そうした仮説の原因よりも、「19世紀からの気温の上昇は人為的な原因によるもの。化石燃料を使うことによる温暖化によるもの」という結論に至りました。

ただし何でも悪いことを、気候変動に結びつけてしまう傾向がアメリカではあります。一例を上げましょう。2005年のハリケーン(米国東岸に来る台風)「サンディ」の大災害の記憶が残っているためか、「ハリケーンの発生が、温暖化のせいで過去より増えた」ということを指摘する人が多いのです。ところが検証すると、ハリケーンの規模が大きくなっていますが、数は増えていません。実は過去はアメリカから離れた遠洋での発生を、今のように衛星写真がないために、把握できなかっただけなのです。事実に、基づいて、温暖化・気候変動の問題も語らなければなりません。

日本へのメッセージ

私は講義を締めくくるにあたって、2つのメッセージを日本の皆さんに伝えたいです。まず一つは日本の省エネへの期待です。日本はその技術力、また国民の意識の点で、産業界でも社会でも、省エネが世界の先進国の中で大変優れています。それを世界に広げてほしいのです。中国と途上国の省エネ、そして大気汚染の抑制が、世界的な課題になっています。いずれでも、日本は協力できるし、ビジネスの面でも大きな利益を得られるはずです。

二つ目は、原子力の安全な活用です。日本の皆さんが、福島事故を克服し、原子力の安全に使うことによって、世界の模範になってほしいのです。私は原子力は技術革新によって発展する可能性がエネルギー源と思っています。日本は原子炉開発の技術を持つ数少ない国です。そして世界では新興国の経済発展ゆえに、エネルギー需要は伸び続けるでしょう。原子力を含めて、さまざまなエネルギーの活用が必要です。福島原発事故は、多くの反省と知見をもたらしました。日本の皆さんはその経験を活かし、原子力と、その他のエネルギーを解決する知恵を世界に提供してほしいのです。そして優れた日本の皆さんなら、それは可能です。

(司会のモーリー・ロバートソンさんが、「日本の科学教育の力不足が、エネルギーをめぐる議論の混乱の一因になっているのではないでしょうか。恐怖や間違った情報が広がりました」とムラー教授に聞いた。)

科学の社会における存在感が低下して、科学者の意見が政治にも、社会にも反映されないことは残念ながら、アメリカでも起こっています。

これは科学者にも問題があると思います。科学は法則に基づき、現象を解析する客観性が何よりも大事です。ところがアメリカでも、華やかなプレゼンテーションや、基礎研究をおそろかにして、流行の学説を追う風潮があります。私たち科学者は弁護士ではありません。政治家でもありません。事実を大切にすることを忘れてしまったり、地道な研究を忘れてしまったりしては、ならないのです。

政治の現場や法廷などの社会現象、また哲学や歴史などの人文系の学問は意見が異なることが頻繁に起こります。しかし科学では多くの場合に答えが存在し、それが実験によって客観的に証明できます。そこではぶつかり合いではなく、協力ができます。

今回、解説をしてくれた日本の高校生たちのように、可能性にみちた若者たちは、どの国にもいます。私が子どもだった50年前には、科学には夢があったと思います。人類の夢を叶える職業でした。科学者は、「かっこいい」仕事でした。もし今そうでないとしたら、私たち科学者は反省しなければなりません。

特に若い世代に、科学は「かっこいい」「素晴らしい」ことと知ってほしいのです。科学で得た知恵は、共有して、世界をよりよく変えるために使えるのです。エネルギーをはじめとして、ぜひ科学に目を向けてほしいと思います。

(取材・構成 石井孝明 ジャーナリスト)