君は“ヴィンセント"を聴いたか --- 長谷川 良

アゴラ

米国のシンガーソングライター、ドン・マクリーン(Don Mclean)のヴィンセント(Vincent)を初めて聴いた時、英国のシンガーソングライターのジェイク・バグ(Jake Bugg)は、「将来、ヴィンセントのような感動的な歌を作曲する歌手になる」と決意したという。バクは当時、12歳だった。

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▲ゴッホ作「ローヌ川の星月夜」


バグは自作した最初の曲(Country Song)の感想を聞きたくて、お母さんの前で歌った。お母さんは息子の曲を聴きながら涙を流した……というエピソードはこのコラム欄でも紹介済みだが、バクがヴィンセントに感動したように、お母さんは息子の音楽に心を動かされたというのだ。感動はこのように世代を超えて伝染する。

マクリーンとほぼ同世代の当方は、彼が1972年に発表した「ヴィンセント」を聞いたことがなかった。それがひょんなことから耳に入ってきたのだ。余りにも優しいメロデイーと作詞に心が惹かれ、直ぐにもう1度聴こうと思って、You Tube で探した。見つかると、何度も何度も聞いた。こんな素晴らしい曲と優しいテキストにこれまで出会ったことがなかった。

ヴィンセントは天才画家ヴィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Willem van Gogh)の生涯を流れるようなメロデイーで表現している。誰からも理解されなかったゴッホの悲しさが聴く者の心に伝わってくる。ゴッホの素晴らしい神秘的なカラーの世界を背景に流れるマクリーンのメロデイーは37歳で亡くなったヴィンセントの苦悩した内面世界を優しく包む。孤独なゴッホの病む魂を癒していくように。ゴッホへのマクリーンのオマージュだ。

ジェイク・バクのように、「ヴィンセントに心酔し、同じように音楽の道を行く」と決意するのには当方は余りにも年を取り過ぎたし、肝心の才能もないが、バクの気持ちが分かるような気がした。同時に、ヴィンセントの素晴らしさに惹かれた若いバクの才能に改めて脱帽した。

ヴィンセントを聞いたことがない読者の方がいたら、一度聞いてほしい。マクリーンの優しいテキストに圧倒されるのではないか。

 Starry,Starry,night

Now I understand
What you tried to say to me
How you suffered for your sanity
How you tried to set them free
They would not listen,
They did not know how.
Perhaps they will listen now

誰からも自分の世界を理解されないと感じる人はヴィンセントだけではない。多くの現代人はヴィンセントのような孤独な魂の持ち主が多い。マクリーンのように、誰からも理解されない病む魂を理解しようと努力する音楽家が存在したことは同時代のわれわれにとって幸福なことだ。バクが“第2のマクリーン”となって悩む現代人の魂を癒す音楽を数多く作曲し、歌ってほしい。

君はヴィンセントを聴いたか……。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年12月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。