末代まで追いかけてくる「国税」の呪縛 --- 岡本 裕明

アゴラ

日本の税務署の取立ては厳しいと評判なのですが、いよいよ株式などの含み益にまで課税する仕組みを2015年7月に導入するようです。もっともこの対象になるのは現在年間100人程度とのことですので普通の方々には関係がない話のようですが、最近の税務署の姿勢を見ている限り、見過ごせないかもしれません。

今回の「含み益課税計画」(出国税=exit tax)は日本で株式やFX、不動産(REIT)など投資をしている人が一定の含み益を持ったまま、海外に移住した場合、日本での課税権が無くなるため、それまでの含み益分については出国時の時点で計算して課税しましょう、という事です。対象はあくまでも金融資産1億円以上とのことです。


例えばAさんの投資簿価が1億円で実際の市場の価値が1億5000万円だったとします。このAさんが株式のキャピタルゲインに課税されないシンガポールに移住するとします。その場合、日本在住中にそれらの投資資産を売却せず、そのままシンガポールに移住後、例えば1億5000万円のまま売却しても5000万円のキャピタルゲインに対して課税はされませんでした。

ところが7月から導入されるであろう新しいルールに照らし合わせると出国時に5000万円の含み益があるとすれば例えば税率が20%なら事前にそれを課税するというものであります。つまり、Aさんにとっては非実現益にもかかわらず1000万円の税金を納めなければならず、そのキャッシュの手当てが必要になります。

それだけではありません。詳細はこれから詰めるのだと思いますが、仮にAさんがシンガポールに移住後、その投資価値が下落し、1000万円まで下がり、そこで売却したとします。その場合、日本の国税に払った1000万円がどうなるのか、定かではありません。還付される仕組みがないとみなし課税を確定させることになり税体系そのものを揺るがすことになります。

今回の国税の「取り締まり強化」は税逃れを徹底的に見つけ出す仕組みを作り上げることにあります。これは出国が決まった一定資産以上を持つ人は日本の財産をすべて開示していかねばならないという事になります。もっとも2016年1月からマイナンバー制度が始まりますので国民の方の財産は国税にはまる見え状態になります。つまり、どうあがいても隠しようがない、というのが実体でしょう。では、なぜこの海外課税をマイナンバー制度実施の半年前である2015年7月から行うのかですが、多分ですが、駆け込みの「海外逃亡者」を捕捉する目的もあるのかもしれません。

報道を見る限り投資の含み益を持つ人が税制のメリットのある国に「逃亡」する場合の捕捉手段を確保するという形に見えますが、海外移住する人はシンガポールや香港、スイスに限ったわけではなく、日本と同等、ないしそれより厳しい国に移住する人もたくさんいるわけでそのあたりの流れを含めたバランスの取れたアナウンスはきちんとすべきでしょう。例えば源泉税に対する海外でのクレジットは実際には案外取りにくく源泉税をどう取り返すか、案外難しいのですが、国税には「それはそちらの国の問題」とあしらわれてしまいます。

また市場価値のはっきりしている株式や為替はともかく不動産のように価値評価を算定するのに時間とコストとその鑑定評価そのものの絶対性について疑義が生じやすいものの扱いも難しいのかもしれません。要は国税は難癖をつけたい人には徹底的に縛り上げる手段を残しているともいえるかもしれません。

では、現実的に海外に節税目的で「逃避」することが有効な手段か、といえば私のように長年海外に住んでいて、海外移住者とのやり取りもある中で感じた答えは「あまり有効ではない」と結論付けています。

節税目的を持つ人はいわゆる成金型の人が多い気がしますが、その家族すべてが日本を捨ててずっと海外移住するというシナリオは立ちにくいのであります。つまり節税したい当人がどれだけ生前節税できても次にそれを相続するであろう奥さんや子供、更にその子供もずっと海外に移住しない限り本質的な節税効果は生まれません。ところが長く海外に住んでいて話をしていると案外日本に戻りたいという希望を持っている人は多いものなのです。

つまり現実的なのは現在許される範囲の中で節税を行うことに務め、特殊なスキームでの節税は法人が特殊目的を持つ場合を別として(これも変わる気がしますが)意味がない気がしております。私の友人も最近の状況に節税を諦めています。重要なのは税を払わなくてよいのか、税を払うのを先送りするのか、の違いであるということです。ここを勘違いする人が結構いるので、じっくり考慮したらよろしいかと思います。

基本的には日本の国税の呪縛から逃れることはできません。呪いのようなものです。それは残された家族にも降りかかる恐ろしいものであります。先々天国で笑えない話になると思います。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2014年12月22日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。