フランスのテロ事件への一考 --- 長谷川 良

アゴラ

フランスのオランド大統領は1月7日夜、テレビを通じて国民向けに演説し、同日起きたパリの風刺週刊誌の本社襲撃テロ事件に言及、「我々の最強の武器は自由だ。自由は蛮行より強い」と述べ、国民に連帯を呼びかけた。同大統領は同日、犯行現場を視察し、「野蛮な行為だ。国民はショックを受けている」と述べている。フランスは8日をテロ犠牲者への「国民追悼の日」とし、国内の国旗を3日間、半旗にすることを決めている。


パリの左派系風刺週刊紙「シャルリー・エブド」本社に7日午前11時半、武装した2人組の覆面男が侵入し、自動小銃を乱射し、建物2階で編集会議を開いていた編集長を含む10人のジャーナリストと、2人の警察官を殺害するというテロ事件が発生した。2人組は襲撃後、近くに駐車していた車で逃亡した。アンチ・テロ部隊(Raid)が動員され、犯人を追っている。

フランスからの情報によると、3人目の犯人と見られた18歳の男は同日、自分の名前が警察側の追及リストにあることを知って、地元警察に出頭したという。実行犯の2人は32歳と34歳の兄弟でアルジェリア系フランス人だ。2人はシリア内戦への参戦を図るなど、警察当局からマークされてきた人物だ。

「シャルリー・エブド」誌は、2011年と12年にイスラム教の預言者ムハンマドを風刺した画を掲載。13年には「ムハンマドの生涯」と題した漫画を出版した。イスラム過激派グループからは報復の脅迫メールを何度も受け取り、警察側は警備を強化していた。犯人たちは「アラーは偉大だ」とパーフェクトなフランス語で叫びながら乱射したという。

フランスには欧州最大のイスラム系コミュニティ(約600万人)が存在する。彼らは主に、中東・北アフリカ出身のイスラム教徒移住者たちだ。トルコ系イスラム移住者が大多数のドイツとは異なる。トルコ系イスラム教徒は主に世俗化イスラム教徒(ユーロ・イスラム)だが、フランスの場合、紛争地の中東出身者には過激派教徒が少なくない。今回のテロ実行犯の2人はアルジェリア系移住者家庭の2世だ。

フランスのイスラム教学者は「許されない蛮行だ。アラーはテロを認めていない。イスラム教の名でテロが行われることに憤りを感じている」と、テレビのインタビューに答えて述べていた。テロ事件が起きる度にイスラム教関係者から「イスラム教とテロとは相いれない」という発言を聞く。その主張は正しいが、欧州の国民の中にイスラム教への憎悪(イスラム・フォビア)が広がってきている。フランスばかりか、ドイツ、スウェーデンなどでは反イスラム・デモが頻繁に行われている。欧州連合(EU)の盟主ドイツではドレスデンを中心に「西洋のイスラム教化に反対する愛国主義欧州人」( “Patriotischen Europaer gegen die Islamisierung des Abendlandes”運動、通称Pegida運動)が広がり、その対応でメルケル政権は苦悩している(「独の『反イスラム運動』はネオナチ?」2014年12月17日参考)。

欧州には約1400万人のユーロ・イスラムがいる。ユーロ・イスラムとは、欧州に定住し、世俗化したイスラム教徒を指す。多くの欧州諸国では、イスラム教はキリスト教に次いで第2の宗教と公認されている。彼らの多くは、イスラム教徒移住者の2世、3世だ。イスラム教の欧州北上は既に現実だ。

そのユーロ・イスラムの中に、イスラム・フォビアに強い抵抗感を感じる移住者が増えてきたのだ。シリアやイラク内戦から帰国した過激派イスラム教徒のオルグを受け、過激化に走るユーロ・イスラムも出てきた(「なぜ彼らは戦地に向かうか」2014年8月22日参考)。

フランスにはシリア・イラクの内戦に参加し、帰国した国民は約1100人、英国とドイツには約500人がいると推定される。欧州は潜在的テロ爆弾を抱えているような状況下にある。パリのテロ事件が今回示したように、その爆弾がいつ破裂するか誰も予想できない。欧州では5月、ベルギーでイスラム過激派がユダヤ教のシナゴークを襲撃している。ちなみに、当方が住むオーストリアでは、シリア・イラク内戦から帰国したオーストリア国籍を有するイスラム教徒の再入国拒否、国籍剥奪などの対応を検討中だ(「ホームグロウン・テロリストの脅威」2013年9月12日参考)

欧州社会では今日、反イスラム・デモが拡大する一方、ユーロ・イスラムの過激化が進んできている。すなわち、イスラム教問題に関連して2つの相反するトレンドが同時進行しているわけだ。

欧州のイスラム問題を先鋭化している要因の1つには、欧州経済の現状があるだろう。欧州の財政危機は国民経済を厳しい状況下に陥れ、失業者の増加、貧富の格差は広がってきた。それに対し、欧州の国民の間では、経済の行き詰りの主因は移住者、難民の増加にあると受け取る傾向が強まっている一方、ユーロ・イスラムの間には、イスラム・フォビアに反発、スケープゴート扱いに抵抗が高まってきている、といった具合だ。

オランド大統領は「自由はテロへの最強の武器」と述べたが、自制と責任のない自由は蛮行を誘発する契機ともなる。身近な例を挙げれば、性犯罪が発生する度にメディアは加害者を批判するが、淫らな性情報を垂れ流してきたメディアの責任は「言論の自由」という庇護の下、追及されることはほとんどない。

どのような理由があったとしてもテロ行為は許されない。同時に、テロを誘発する行為(イスラム教徒の宗教心を冒涜する行為など)に対して自制するなど冷静な対応が求められる。他宗派の宗教心を冒涜しない自制は「言論の自由」の制限を意味しない。制限なき自由こそ、残念ながら、さまざまな蛮行を生み出してきているのだ。

いずれにしても、パリのテロ事件は、中世時代から這い出してきた人間が21世紀の近代的な武器で武装して我々を襲撃してきた事件といえるだろう。それだけに、その犯行は野蛮であり、フランス国民のショックは大きいのだ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年1月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。