相続税対策でアパート経営には安易に手を出すな --- 岡本 裕明

アゴラ

2015年から強化された相続税。それに対してその税金を減らす指南書があちらこちらに出回っています。その中であるはっきりしたポイントがあります。それは残すなら現金より不動産であります。


現金で残した場合5000万円は5000万円と計算されます。しかし、生前、それで不動産を買い、賃貸住宅にでもすればその税額はぐっと減らすことができます。土地は固定資産税評価額がベースですから一般取引価格の概ね2割減となります。建物は減価償却をする上に貸し付け用で200㎡以下なら5割の減額があります。つまり現金と比べその価値を大きく引き下げる効果があるとも言えるのです。

多くの住宅会社が相続税対策でアパート経営を、と謳うのはそこにビジネスチャンスを見出しているからでしょう。

でも相続税対策ができてもアパート経営を通じて失敗したら、元も子もありません。その部分がすっかりおろそかになっている人はいませんか?

アパート経営と一口に言ってもアパートに向き、不向きの場所はあります。大学などがあり、学生さんなどが流動的に動くところ、工場などがあるところ、繁華街に近いところなど人が流動化しやすい所ではアパート経営は向いていると言えます。ところが駅から遠い、人口密度が低い、ひとが流動していないエリアはなかなか埋まらないでしょう。

アパートの空室率は全国平均で約3割。これは平均ですから満室のところもあればさっぱり埋まっていないところもあります。私の実家の両隣は賃貸住宅ですが、片一方は満室で片一方は長年一人しか入居していません。理由はメンテナンスの違いでしょう。どう考えても入りたいと思わないたたずまい、階段など共有エリアはしばらく掃除をした跡がなく、部屋の中は20年前の畳がそのまま敷いてあり日に焼けて黄色くなった部屋だとしたら借り手は内覧して引きます。

知り合いの建築会社が建てた都内の地下鉄で行けるある場所の新築の賃貸マンション。1年たっても一人も入居せず、地主が悩んでいるというのはその周りに溢れる空室の看板でしょうか? つまり需要と供給が全くマッチしていないエリアなのです。

アパート経営はさほど簡単ではありません。大学のそばだから安心、と言っていたら大変です。今や、大学も競争時代。キャンパスを都心など魅力ある地域に回帰させる動きもあります。昨年だけみても東洋学園が流山から本郷に、実践が日野から渋谷に、大妻女子が狭山台から千代田に、2016年には杏林が八王子から三鷹、17年には関東学院が小田原から金沢八景となっています。どれも都心により近い便利なところに移っているのは少子化に伴い学生に魅力あふれる学校とするためです。

青山学院は厚木にキャンパスを持っていたことがあります。それこそ巨額の投資をして土地を取得し、校舎を建て、道路を作り、駅前には学生目当てのビジネスができたわけです。ですが、僅か21年にして方向転換です。そして相模原に移り、更には青山への回帰が進みます。

不動産の最大の弱点は、持ち運びができないことであり動く環境に対応しにくい、という事なのです。

もう一つは家賃の回収でしょうか? 保証協会にお願いするという手段はありますが、なかなか面倒なこともありますし、それ以上に私が大変だと思うのは管理とマーケティングだと思います。

先ず、アパートを建てるとなると住宅会社のスペック住宅に近いものになります。その場合、金太郎飴のごとく、全く特徴がない住宅となってしまいます。数あるアパートの中からここにすると思わせる方法はロケーションと金額以外に建物の特徴があります。そこは日本に於いてはほとんど注目されたことはないと思います。なぜならスペック住宅から外れるカスタムにすると建築費が極端に上昇するからであります。

相続税対策となれば力点を置くのは当然ながらお金。建設費も安く、と思えばスペック住宅に走りやすくなるでしょう。しかし、それが原因で空室率が高い状態になり、結局何のためのアパート建築だったか分からなくなることは大いにあるとも言えるのです。

日本が高度成長期にあるときは持ち家比率も少なく賃貸住宅への需要は高かったのですが、他の先進国同様、持ち家比率が全体の3分の2に達すると賃貸と持ち家はほぼ均衡します。日本もそうなっています。よって決まったパイを分けあうしかないこの市場においてあとは特徴を出し、マーケティングする能力を問われるという事なのです。アパート経営だって本気でやらねばできない、という事です。相続税の節税のための軽い気持ちでアパートに手を出したとしたらそれは大きな戦略ミスとなるかもしれません。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2015年1月26日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。