人質の方が一人殺害された。痛ましく、許しがたい行為である。
が、これを受けて一部の著名な論者が金融制裁等で石油取引に打撃を与えよと勇ましい議論を展開している。自衛隊を派遣できるようにとの声も世論の一部にある。本稿ではこれらの取り組みが米国でさえ効果がなかなか出ておらず、しかも日本人を危険にさらす時期尚早かつ間違った主張であると指摘するものである。
1.イスラム国に金融制裁は効果が乏しいと事実上認めたコーエン次官
昨年10月、カーネギー国際平和財団で、米財務省のデビッド・コーエン財務次官がイスラム国を経済的に困窮させるためのオバマ政権の施策について講演を行った。
この講演において、コーエン氏はイスラム国の財政を一夜にして空にするような施策はなく、非常に時間がかかり、現在はその端緒に過ぎないと明言した。
しかも、後段では、米国が敵対した中でも、最も資金力に富んだテロ集団であるとまで言っている。現状の取り組みに即効性がなく、手ごわい相手であり、米国が苦戦していると認めた形だ。
その上で彼はイスラム国の資金源を解説する。
ここで興味深いのは、これまで金融制裁が効果を発揮したアルカイダと違い、国外のお金持ちからの寄付に頼らず、自らの支配領域におけるテロを含む諸活動から得ていると指摘していることだ。
その活動の第一は、シリアとイラクの原油の密売である。彼らは根深く長年形成された闇市場を通じて原油を売っているのだ。ここでコーエンの指摘する闇市場とは、とうとう国際社会が最後までつぶせなかったフセイン政権が培った石油の密売ルートのことである。
しかも、このルートはタンカー車からポリタンクまで含んでおり、様々な方法で売っているのである。コーエン次官は触れていないが、より難儀なのは、各種報道で指摘されているようにこれがニコニコ現金取引だということだ。ポリタンクの原油を現金で手売りしているのに対し、従来の銀行振込などの規制を行ってもまったく効果がないのは自明である。
そして、これらの原油はトルコやクルド自治区で取引され、アサド政権やトルコも購入していると指摘する。日本人は生真面目だから驚くのも無理はないが、これらはイスラム国と敵対している国々である。
結果、一日100万ドルを稼いでおり、月間では数千万ドルという大変なペースで利益を得ているという。勿論、コーエン次官が「良い兆候」と強調する有志連合の空爆はイスラム国の原油採掘・精製能力を低下させているが、小さな施設やポリタンク販売まで潰し切れるかは疑問である。
また、原油価格低下に期待する向きもあるが、イスラム国は既存施設を使用している関係もあり、1バレル18ドルで販売できている。つまり、これでも儲けが出ているということだ。むしろ、原油価格低下はサウジなどの湾岸諸国の資金力を低下させ、しかも社会不安を惹起しかねず、イスラム国の方が資金的には相対的に有利になる。
第二の資金源は、身代金である。なんと少なくとも2000万ドルも稼いでいると指摘する。そして、コーエン次官は米国の政策に応じて身代金を払わないように訴える。しかし、前回の論考で触れたように、英米以外の欧州諸国は国家負担か個人負担かは別として身代金を払っており、オバマ政権も実は政策転換を検討中である。
第三の資金源は、支配地域からの税金である。支配地域の住民・企業・銀行からの恐喝を含む徴収である。コーエン次官は、これを窃盗とするが、実際はそうは言いきれない面もある。
なんとなれば、イスラム国がすんなりスンニ派地域を制圧したのは、マリキ政権で弾圧されていたスンニ派部族とそれを基盤とするフセイン政権残党が手引きしたからである。そういう意味で、イスラム国にスンニ派勢力が積極的に傭兵として協力している面もあるのである。
第四は、銀行襲撃、遺跡の略奪、農家の家畜と農作物の略奪、人身売買といった犯罪行為。
第五は、裕福な資産家からの寄付である。
2.既存の金融システムと無関係なために金融制裁は効果がない!
注目すべきは、これらの多くが既存の金融システムを必ずしも必要とせず、自らの支配領域で生み出されているということである。
コーエン氏は、これらの対策のため、必ずや密売に関する関係者を洗い出すと豪語するが、それは無理だろう。
自らが支配する地域で儲けている非国家主体に対する金融制裁に効果がないのは、米国自身が証明しているからだ。
米国は、長年にわたり、中南米の麻薬戦争、アフガニスタンとビルマの麻薬生産と密売を食い止めるべく努力してきたが、ほとんど効果を上げていない。これらに共通するのは、現状の国際金融システムと無縁の地元のルートで取引しているということだ。
逆に金融制裁が効果を発揮した、北朝鮮、アルカイダ、イランは既存の国際金融システムに依存している。
これらを考えれば金融制裁に効果がないことがわかる。
実際、コーエン次官は最初に述べたように、短期的には効果が出ないと認めているのである。
そもそもイスラム国は、イラクのモスル陥落時に国立銀行を襲撃し、当時の為替レートで440億円以上もの「現金」を獲得しており、これまでの稼ぎを考えれば百億円単位を超えていてもおかしくない貯金があるのである。いくら戦闘員に毎月10万円以上支払っていたとしても、これだけの資金があれば今後も余裕で戦闘継続可能だろう。
少なくとも、イラクから叩き出されたとしても戦闘継続可能なのは間違いない。
3.日本が考えるべきことは、まず防御
今回の件を受けて、金融制裁をすべきだとの声があるが、このように無意味なのである。米財務省ですらそれが出来ず、上記のように言い訳と泣き言を言い、最後に根性論で締めている以上、無用な挑発でしかない。
自衛隊を出すべきと言うのも論外だ。確かに陸上自衛隊の特殊作戦群は精強である。素晴らしい能力を兼ね備えている。しかし、インテリジェンスも作戦基盤も兵站もないシリアに投入しても無意味だ。このような環境で任務達成できる軍隊なぞない。法規制の問題ではなく、総合的な意味でそうした能力は日本にないのだ。
実際、イラン人質救出作戦で米軍の特殊部隊は、そうした環境下で任務に挑戦し、事故で大失敗の上、大損害を出して撤退している。
米軍ですらアフガン等で救出作戦にたびたび失敗なり断念している現実を考えれば、特殊作戦とか人質救出作戦とはかくも困難なのである。
それより、このような挑発にしかならない無意味な取り組みよりも、今は防衛に全ての資源を投じるべきだ。
すなわち、警察・内調・公安調査庁・海保の予算と人員の拡大、国内のイスラム教徒との連帯拡大・支援策(テロリストを生まず、また情報協力の為)、現政権の中東政策の見直し、なにより一番私が心配している中東アフリカ各地の日本人NGO・国連職員の安全対策と捕縛された場合の取引の用意である。
身代金を払わなければ安全という指摘もあるが、日本政府が彼らに報復行為をすればその報復として、そして、日本以外の西側諸国から身代金をとるための見せしめ材料として日本人は狙われるのである。
「身代金を払わねば安全」という見解は正しくないのである。
正確には、「既存の国際秩序にイスラム国が挑戦する限り、払っても払わなくてもテロは増える」のである。
どのみち、どの選択肢を選んでも日本人は狙われる。である以上、欧州を見習って、身代金なりその代りのイスラム国戦闘員の捕虜を周辺諸国に交渉して事前に用意しておくべきだ。ありていに申せば「買っておくべき」だ。
そして、十分とは非常に言い難い日本国内の防備を固めるべきだ。警察・内調・海保・公安調査庁の予算と人員を増額し、監視体制を強化し、法整備を粛々と進め、同時に国内のイスラム教徒を孤立化させることがないようにすべきである。あわせて、在外日本人の把握・インテリジェンス予算の強化、なにより水面下で渡す「身代金」の基金や捕虜の用意も必要だろう。
まずは防御を固めてから反撃するべきだ。
防御が不十分で、イスラム国に効果もない反撃をするのは、それこそテロを誘発する。
付記:おときた氏は本業に「まず」専念すべき
おときた都議はこの問題に関して、テロに屈するな一辺倒の愚劣なことを述べている。
このような専門外かつ的外れの見解を披露する暇があれば、都内のテロ対策の推進やイスラム教徒ともっと交流するべきだ。専門外のしかも愚劣なことを書く時間があれば、都議会で仕事をするべきであり、そうでないなら都議を辞職してブロガーになるべきだ。
彼は「いち地方議員である私には残念ながら、今回の事態にできることは何もありませんが」などと言っているが、寝言は寝て言うべきだ。
都内のモスクなり東京ジャーミィを訪問して連帯を表明するなり、都内のイスラム教徒が孤立化しないような施策をするなり、今回の事態が波及し都内でテロが起きた際の対応を議会質問するなり、出来ることは沢山あるはずだ。
有名元AV女優に頬を揉んでもらったり、その写真を掲載するなとか、はあちゅう氏と食事するなとは言わない。最近の彼はブロガーが本業なのか、都議が本業なのか一都民としてはよくわからないのだが……
まぁそれもよい。都政についてブログ記事だけは素晴らしい。しかし、拘束事件に関して評論家のような、それも的外れなことを書く時間があれば、頼むから都議会議員としての仕事を「まず」してください。イスラム国についてのブログを書くならそのことを書くべきだ。一都民としてのお願いです。
付記の付記(1月29日)
上記の無礼な批判に対し、おときた都議が真摯に応えてくださり、日本最大のモスクを今夕訪問されることになりました。以下の記事で、その経緯と偉大性を論じ最後に非礼のお詫びを行いましたので、ご覧くださいませ。
站谷幸一(2015年1月27日)
twitter再開してみました(@sekigahara1958)