同じ会社のなかのロングショート

森本 紀行

二つの会社が合併すれば、一つの会社になる。合併前の二つの会社の株式は、一つの株式になる。当たり前のことである。故に、もしも、合併の成立を前提にしたら、合併前の二つの異なる株式は、合併後の一つの会社の種類株にすぎなくなる。だから、そこに、アービトレージの可能性が生じる。


つまり、合併成立を前提にすれば、合併比率を調整した後では、二つの株式の価格は、理論的には、一致する。しかし、実際には、合併の日までは、完全には一致しない。ならば、高いほうをショートし、安いほうをロングすればいいということだ。

この投資機会、確実かというと、そうでもない。合併の成立を前提にしているところに、危険がある。発表された合併の全てが、成立するわけではないからだ。合併が成立しなければ、この収益機会は、一転して損失機会になるであろう。

合併成立の可能性のリスクけるところに、この戦略の特色がある。そのリスクは、市場リスクではない。だから、ヘッジファンドの戦略なのだ。

ところで、合併前の二つの異なる株式が合併後の一つの会社の種類株にすぎなくなるということは、この戦略は、同じ会社の資本構成上の相対価値取引ということである。

さて、現在の金融の顕著な特色は、資本構成の多様化にある。債務のなかには、複雑な優先劣後順位が定められ、株式のなかにも、多様な種類株を設けることができる。更には、債務と株式の中間に、多様なメザニン(株式を一階、債務を二階に喩えたときの中二階の意味)を作ることもできる。

複雑化の一つの問題は、資本構成なかの特定部分の価値の測定が難しくなることである。そこに、非効率な価格形成の可能性があり、ヘッジファンドの投資機会があるのである。キャピタルストラクチャアービトレージのことだ。

要は、合併成立を前提としたヘッジファンド戦略は、このキャピタルストラクチャアービトレージの一つの形であったのだ。

別の形として、転換社債の裁定取引も、この一種である。転換社債は、資本構成上の社債(債務)と株式の中間に位置するメザニンである。転換社債をロングし、株式をショートすることは、まさに、キャピタルストラクチャアービトレージである。

同じように、社債のヘッジファンド戦略もあり得る。例えば、社債と劣後社債との間で、劣後社債をロングし、上位の社債をショートする投資戦略である。こうすることで、信用リスクを中立化しつつ、資本構成間の相対価値の非効率を純粋に取り出すことができるのである。

これらがヘッジファンドであるのは、同じ企業の資本構成のなかでの異なる位置のロングとショートの両建てだから、企業価値の変動からは中立であり、市場リスクをとらない投資になるからである。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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