経産省は電力会社に料金を「粉飾」させている

池田 信夫

今週の言論アリーナでもニューズウィークでも論じたように、原子力規制委員会の安全審査は一つの発電所に2年かかっているので、全国48基の審査には20年以上かかり、このまま原発を止め続けると、全国の原発の半分近くが廃炉になる。その損害は少なく見積もっても30兆円以上、諸葛宗男氏の推定では55兆円にのぼる。


そういうコストを認識した上で、「金より命」だから毎日100億円をドブに捨てよう、と国会で決めたのならいい。問題は、そういう意思決定が一度も行なわれないまま、「田中私案」という3枚の私的なメモで全国の原発が止まっていることだ。

この損害を負担するのは電力会社ではなく、最終的には利用者である。その負担が今は目に見えないが、たとえば東電の値上げ理由にはこう書かれている。

■原子力利用率   18.8%
→柏崎刈羽原子力発電所については、今後、安全・安心を確保しつつ、地元のご理解をいただくことを大前提として、今回の申請における3年間の原価算定期間においては、平成25年4月から順次再稼働がなされるものと仮定しております

つまり東電の原価は、2013年4月から柏崎が動くという前提で算定されているのだ。もちろん現実には動いていないので、1基について年間1000億円、7基を約2年止めているので、1兆4000億円の損害が出ているが、それは計上されていない。他の電力会社も同様に、原価を「粉飾」しているのだ。監査法人は、なぜ問題にしないのだろうか。

この原因は電力会社の意思ではなく、経産省の行政指導である。原発を止めた影響をすべて転嫁したら、企業向け電気料金は、次の図のように60%以上も上がる。このまま20年止め続けたら、電気代は2倍ではすまない。日本の製造業は壊滅するだろう。


企業向け電気料金の予想(日経ビジネス)

だから経産省が批判を浴びないように、動かない原発を動いたことにして値上げ幅を抑制させた(消費税を引き上げる財務省も加担した)。しかし動いていない原発が動いていることにして減らした燃料費は、現実にはかかっているので、いずれ消費者の負担になる。東電などは自己資本が大きいので会計処理でごまかせるが、北海道電力は債務超過の危機だ。

ここに至る「再稼動」をめぐる混乱の最大の原因は、経産省の責任逃れである。くわしい経緯はGEPRに書いたが、そもそも最初に菅首相が原発を止めた仕掛け人も、経産省の松永和夫事務次官だった。彼は「危ない浜岡だけ止めて他は動かす」という取引を電力各社としていたのだが、菅氏が暴走してコントロールがきかなくなった。

その後も経産省はメモ3枚で「ストレステスト」を要請し、31基がそれに合格しても民主党政権の意向で握りつぶし、そのまま何の法的根拠もなく全国の原発は止まったままだ。このまま原発を廃炉にするコストが55兆円とすると、安心のコストは1世帯あたり約100万円。それだけのコストを負担しても原発ゼロにすると国民が判断するなら何の問題もない。国会で原子炉等規制法を改正し、原発を止めるルールを決めるべきだ。