憲法改正という蜃気楼 - 『安倍政権は本当に強いのか』

池田 信夫



安倍首相の周辺から、また憲法改正論議が出てきた。「来年中に国会で発議したい」とか「2017年春までに国民投票したい」とかいう話がニュースになるが、話題にはならない。まったくリアリティがなく、実現する見通しもないからだ。

著者は古くからの自民党ウォッチャーだが、それでも「何のために改正するのかわからない」という。岸首相のころにはまだ憲法を改正して再軍備するという目標はそれなりに意味があったが、その後半世紀で自衛隊は堂々たる軍隊になり、日米同盟も強固になったので、改正しても実態は何も変わらない蜃気楼のようなものだ。

「集団的自衛権は憲法違反だ」などというマスコミを黙らせる効果ぐらいはあるかもしれないが、すべての政策を憲法改正という目的の手段にするほど大事な問題でもない。しかしそれでいいのだろう、と著者はいう。政治家の最大の欲求は歴史に名を残したいということであり、憲法を改正すれば確実に安倍首相の名は残る。

それに憲法改正は自民党の党是であり、党内に反対する人はいない。これを大義名分に掲げれば、政策の優先順位や整合性もはっきりし、うまく行けば野党の中の改憲勢力を取り込んで分断できる。政権を仕切っている菅官房長官も、その蜃気楼を基準にして人事や政策を判断するのでわかりやすい。

アベノミクスも蜃気楼だが、一時的に株価が上がっていい夢を見ればいい――安倍首相はそう割り切っているようにみえる。彼はかつての小沢一郎氏や小泉純一郎氏のような大きな改革をめざしていないので、党運営はエネルギー政策などの危ない問題にはふれない安全運転だ。

だから安倍政権は長期政権になりそうだが、イメージ戦略に依存しているので政権基盤は見かけほど強くないという。むしろ「安倍は右翼だ」とか「ヒトラーだ」とかいって騒ぐ野党が、彼の引き立て役になっているのだ。