当方はこのコラム欄で「元首相たちの懲りない『反日発言』」を書き、元首相の一人、鳩山由紀夫氏の中国訪問時での国益無視発言などを批判した。その鳩山氏は10日、クリミア半島を訪問し、「クリミアのロシア併合は合法的だった」と述べ、日本政府関係者を再び驚かせたというより、あきれさせた。
日本政府は、ウクライナ紛争の契機となったクリミア半島のロシア併合に関する住民投票結果を「ロシア側の軍事的圧力下で履行されたもの」として容認していないが、鳩山氏はたった一度の訪問で「クリミア半島の住民には混乱はなく、政情も安定していた」と即断し、ロシア併合は問題ないという認識を述べたというのだ。
もちろん、元首相のこの発言はクリミア半島訪問の査証を与えたロシア側を喜ばしただろう。一方、当惑したのは日本政府関係者と野党第一党「民主党」関係者だ。「あのような人物を日本首相に選出したことは大きな間違いだった」(自民党・高村正彦副総裁)という声まで聞かれる有様だ。
当方も日本政府関係者、民主党関係者の発言に同感だが、「クリミア半島のロシア併合は間違いではない」という元首相の発言を聞くと、旧ユーゴスラビアのセルビア共和国に帰属していたコソボ自治州の独立問題とどうしても重なってくるのだ。そこでクリミア半島のロシア併合とコソボ独立の経緯、政情、国際社会の反応などを少し振り返ってみた。
コソボ……同自治州は住民の約92%がアルバニア系。2008年2月、独立宣言 日本を含む主要欧米諸国は独立宣言を支持。一方、ロシアやセルビア、国内に独立機運のある少数民族を抱える欧州諸国(スペインやキプロスなど)は反対。
クリミア半島……同半島の約60%がロシア系住民で占められている。2014年、クリミア半島独立の住民投票で独立、ロシア併合を容認、日本を含む欧米諸国は戦後の国境不変更原則を蹂躙するとして反対。
米国はコソボの独立を早々と容認する一方、クリミア半島の場合、国境不変更の原則を持ち出して反対した。
ロシアはコソボ独立を強く反対し、コソボはセルビアに帰属すると主張し、「国境不変更の原則」を確認する一方、クリミア半島住民の独立投票結果を容認してきた。
コソボとクリミア半島の独立はその歴史とプロセスに相違があるが、戦後から続けられてきた国境不変更の原則が破られた点似ている。米国とロシア両国の対応には一貫性がない。なぜ、コソボは良くて、クリミア半島は悪いのか、米国には説明責任がある。
多分、“友愛外交”を主張する元首相は、米ロ大国の外交路線の一貫性のなさを突きたかったのかもしれない。だから、「元首相の老害発言」といって無視すべきではないかもしれない。米国もロシアも都合主義だ。換言すれば、国益優先外交だ。そのような外交世界で原則など一枚の紙以上の価値はなく、必要に応じて破り捨てられるのが国際社会の外交の常識かもしれない。元首相は冷静にこのように考えた上で発言したとすれば、「問題を提起した」という意味で一定の評価があっても可笑しくないかもしれない。
問題は、元首相の発言内容が米国の外交政策に反するというより、日本政府の路線とは違うという点だ。すなわち、元首相の発言内容が日本政府の政策、大きくいって国益に反する点だ。元首相が東京や大阪など国内の講演でそのように発言しても問題がないが、一歩、海外に出て発言すれば、その発言は「日本国元首相の発言」と受け取られることだ。今さら、誰が彼を総理大臣に任命したか、といった類の批判をしても取り返しがつかない。彼はれっきとした「元首相」なのだ(首相在任期間2009年9月~10年6月)。
鳩山氏は62歳と相対的に若い年齢で首相に任命された。すなわち、鳩山氏には1年にも満たなかった「首相時代」とは比較できないほど長い長い「元首相時代」が控えていることになる。日本政府や国民は今後も元首相の爆弾発言を外電を通じて聞くことになるだろう。今からでも「海外での元首相の発言への危機管理マニュアル」を作成し、その被害を最小限度に抑える心構えをしなければならないわけだ。
カーター元米大統領は現職時代は外交音痴をさらけだし、旧ソ連の狡猾な外交に何度もしてやられてきたが、元大統領時代に入ると、国際社会の紛争解決に意欲を発揮し、ノーベル平和賞(2002年)まで受賞した。鳩山元首相にも元米大統領のような歩みを期待したいが、無いものねだりかもしれない。日本国民ができることは、元首相が世界で日本の恥じをさらさないように祈るだけかもしれない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年3月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。