タケダの経営スタイルは日本の将来を占うのか?

岡本 裕明

日経ビジネスの特集、「鎖国230年 開国1年 グローバルタケダの苦闘」は日経ビジネスらしい力作でありますが、そこには日本企業がこれから立ち向かうであろう国際化への大きなハードルを改めて感じさせるものであります。


タケダは日本のトップの医薬品メーカーでありますが、世界ランクで見ると14位であり、トップのファイザーとは売り上げで3倍の差があります。同社は約2兆円をかけてスイスのナイコメッドやアメリカのがん治療薬会社を買収し、ランクアップを図ってきましたがその買収先企業のコントロールに苦心、そのために長谷川閑史会長が選んだ道は外国人トップ、クリストフ ・ウェバー氏を社長に招くことでした。創業家からの大きな反対にもかかわらずそれを断行した今、役員や部長クラスは非日本人に占拠されているという実態であります。

最近では連結利益率でアステラス製薬に抜かれたタケダのこの選択は正しかったのか、これはすべての日本企業にあり得る大きな課題であるのです。

タケダの問題提起の発端は2兆円をかけて買収した海外企業が思ったように成長しない、効率化が上がらない、利益が出ない、いう事を聞かない、企業文化が違ったといったあらゆる問題を内包していたことからスタートしています。今、日本企業による堰を切ったような大型買収のニュースで溢れています。しかし、買収後の運営について詳細を見ることはあまりないでしょう。一般にはあまりうまくいっていないという風評もあります。

私が秘書時代に大型海外企業買収を通じて見た失敗例は今でも当てはまるケースが多いと思います。国内準大手ゼネコンがホテル事業を経営の両輪と称し、打って出たのがアメリカきっての大手チェーン買収でありました。今思えば資金調達力とトップの買収への意欲で勝ち取ったようなものでありますが、企業買収は買収したところがスタートラインであるのに買収そのものに意識を集中しすぎたように思えます。

失敗の原因は多いのですが、最大の理由は親会社が送り込む優秀な人材が圧倒的に不足していたことがあります。海外において部下や味方を作るには自分が誰に採用されたか、という意識が猛烈に働きます。買収した企業の人事をそのままにしておいたらまずやられるのです。残念ながらこのホテル買収に於いて少数精鋭部隊だけでは人事を十分に入れ替える能力がなかったのです。抑えたのは金の出入りを見る経理と一部の開発部門に留まりました。財務を抑えられなかったのも敗因かもしれません。今思えば買収を主導した会長の独り舞台でしたがそのやり方では支配の限界が当然あったといわざるを得ません。

海外企業買収後の運営には主に二通りあると思います。一つは前述の例のように買収した企業のトップなどキーポジションを抑え、あとは既存の組織をうまく使うこと、もう一つは組織のキーパーソンをそっくり入れ替え企業価値を温存しながら組織刷新を図る方法であります。前者は小さい買収に向くでしょう。後者は買収当初数年間はものすごいエネルギーを使い、DNAを組み替えるぐらいの勢いが必要です。ブリヂストンがファイヤーストンを買収した時にブリヂストンの社長がアメリカに常住したあの勢いです。

孫正義氏のスプリント買収は苦戦が続いています。それは人材を送り込んでいますが、DNAが変らないのでしょう。孫氏がアメリカに常駐するぐらいの構えが必要なのかもしれません。

さて、タケダのケースはこの逆バージョンであるところにユニークさがあります。買収した企業群の運営、効率化を図るために本社の社長を変えたら役員、部長クラスまですっかり変わってしまったのは長谷川会長の意図したものを超えていた可能性はあります。が、この経営体質の変化はもしかすると素晴らしい企業に変貌する可能性を秘めています。しかし、その時点で「日本のタケダ」ではなくなるかもしれないことも頭に入れておく必要があります。

似たケースとしてJT(日本たばこ)があります。同社は財務省が3分の1を所有する特殊会社にも拘わらず海外企業の買収で大きくなり、企業の顔は日本を代表する国際企業と言ってもよいでしょう。

ドメとか外資系といった言葉が飛び交う時代はもはや終わりなのかもしれません。海外買収を通じて企業が生き残るにはついて行く社員がどれだけいるのか、という事でもあります。日本人の国際化に対する議論の余地はあるでしょうが、企業がどんどん国際化を進めていく中でそこで働く社員の選択の余地はなくなりつつあるのは確かです。

となればこれからは「草食男子、海を越える」というサクセスストーリーがあってもらいたいものです。(個人的には「肉食女子、国内産に飽き足らず」のほうが成功しそうな気がしますが。)

今日はこのぐらいにしておきましょう。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本 見られる日本人 3月25日付より