昨年(2014年)春以来西アフリカのエボラ出血熱(エボラ)流行が年末まで続き、世界的拡大、すなわちパンデミックの脅威が高まっていた。
今、エボラは終息に向かいつつあるが、感染者ゼロにならない限りいつ再流行するか分からないと言われている。エボラ流行地であった西アフリカのリベリア、シエラレオネ、およびギニアの3カ国首脳は4月中旬までに新規感染者発生をゼロにすることを目標とし各国の協力を求めている。
エボラは昨年9月頃には感染者数が対数的に増加していて、その終息には1年以上要するとWHOは予測した。また、米国のニューヨークタイムズ紙も専門家達の意見を多く紹介し、有効な対策がとられなければ1年から1年半以内に数十万人の感染者が発生、その半数以上が死亡する可能性が高いと世界に警告した。
その後、慌てたように欧米各国は、エボラ終息に向けて支援部隊や支援金の提供を行い、11月以降、西アフリカのエボラの新規感染者数は減少傾向を示すようになった。慌てた理由には、欧米から人道的支援で西アフリカに出向いていたNPO組織の医療担当者達が感染して母国で治療を受けるケースが増えだしたことと、旅行者、または帰国者の中から発病者が出ていたこともある。すなわち、エボラの世界的拡大が懸念されだしたということである。日本でも、帰国者や入国者の中にエボラ疑い者が出て、マスメディアが混乱する事態も生じた。
◆製薬企業の姿勢
それまで熱心にワクチンや薬剤を製造してこなかった製薬企業も、やはり慌ててエボラ対策に取り組みだしている。いくつかの種類の抗エボラウイルス薬の実験的臨床使用、また、急遽作製されたワクチンの臨床試験も、流行後わずか10ヶ月足らずで開始された。
こうした取り組みがもっと早くから行われていたならば、今回の西アフリカの流行はそれほど大きくはならなかったことは確かである。すなわち、2014年3月の流行開始以来2015年2月までの感染者数15,000人以上、そして死者数9,000人以上という、大惨事を防ぐことが出来た可能性は高い。
現状、エボラ対策においては感染者数ゼロが目指されている。しかし、ゼロという目標達成前に、再びどこかに出来た”ほころび”からウイルスが世界に拡大するという危険性が消滅したわけではない。
◆MERSの現況
世界がエボラにパンデミックの脅威を抱いている間、以前から同じようにパンデミックを起こす危険性がもたれていた他の感染症も、これまで以上にその危険性を増してきている。
サウジアラビア(サウジ)での中東呼吸器症候群(MERS)はこの2月に入ってから異常なほどに感染者数が増えている。MERSは2003年に中国から世界に広がったSARS類似の感染症でコロナウイルスの一種が病原体である。中高年者での死亡率が高く、致死率は現時点で40%以上となっている。因みにSARSの致死率は最終的に10%であった。2012年春に最初のMERS発病者が出ているが、2013年から多数の感染者が報告されだし、現在までサウジだけで1000人近い感染者と400人を越える死者が出ている。サウジ周辺の中東諸国でも数は少ないが感染者は出ていて、さらにサウジや周辺国からの帰国者などが英国やフランス等でも発病している。
サウジでは院内感染も多数発生しており、継続的ではないものの、人人感染が起きることが確認されている。人人感染が継続的に起こり出すと、すなわち、容易に人人感染が起きるようなウイルス変異が起きると、かなり危険なパンデミックとなる。
最近WHOの専門家チームがサウジに調査に入ったが、あまりにも情報の欠落が多いことから、このウイルスの性格が十分分からないとした。かれらは、ウイルスはどこから来ているのか、院内感染はなぜ起きているのか、地域社会での感染者はどこで感染しているのか等について、サウジ当局に情報把握の強化を求めている。
MERSはSARSと同じように効果的薬剤はなく、また、ワクチンの製造も困難とされている。ラクダがMERSウイルスの自然宿主との意見も多いが、最近の事例の多くはラクダとの接触既往はないとされている。
◆中国のH7N9鳥インフルエンザ
2013年春から発生しだした中国のH7N9鳥インフルエンザも人への感染を続けており、特に冬から春にかけて多数の死者を出している。この鳥インフルエンザの特徴は、中国内の鶏を中心とする家禽に感染しているが、それら家禽は無症状であることである。すなわち周辺の鶏は無症状であるにも関わらず接触した人間は発病し、高率に死亡するという厄介な感染症である。
鳥が無症状であることから、ウイルスの存在は人が発病することでしか認識出来ない。
中国内の多くの都市には”生家禽市場”があり、そうした市場で鶏を購入し自宅に持ち帰り自分で処理するか、または市場内で処理してもらうかした購入者の中から感染者が出ている。
中国政府はこれまで”生家禽市場”で家禽を購入して新鮮な鳥肉を食べるという習慣を変え、冷凍肉を市場で販売する方針を打ち出している。しかし長年の習慣が容易に変わるのかは難しく、家禽業界からも反対の意見が出ている。
世界で最大の養鶏産業が中国人の食生活を支えてきている現状が、H7N9鳥インフルエンザのパンデミックの危険性から変わるのか分からないが、家禽に感染しているH7N9ウイルスを駆除できない限り、世界はいつまでもこの危険な鳥インフルエンザのパンデミックを警戒しなければならないのは事実である。
因みに2013年以降のH7N9鳥インフルエンザ感染者数は中国内で600人を越え、その3割以上が死亡している。
報告をみると南部の広東省、東部の浙江省での発生数が多いようだ。
広東省に隣接する香港でも広東省へ旅行に出た市民が帰国後に発病する事例が散発しており、かってのSARSのように広東省からH7N9鳥インフルエンザが広がってくることを香港政府は警戒している。
◆H5N1鳥インフルエンザ
数年前に新型インフルエンザとしてパンデミックを起こすことが懸念されていたH5N1鳥インフルエンザも、最近妙な動きを示しだしている。
H5N1鳥インフルエンザは2004年頃から2008年頃までベトナム、インドネシア、カンボジア等の東南アジアで家禽(鶏、アヒル等)の間で流行し、そして人へも散発的ではあるが感染していた。致死率はおよそ5割前後であったが、インドネシアでは8割と非常に高率で死亡者が出ていた。
2006年からエジプトでも人での感染例が増えだし、年間30人から40人近い感染者と3割以上の死者が報告されていた。それは2012年頃から減少し出す傾向を見せたが、本年突然感染者が増え出し、2月末までに80人近く報告されている。明確な人人感染は認められないとされているが、それでもシャルキーヤ県では既に11人の感染者が確認されていることから、警報が出されている。
今後H5N1鳥インフルエンザがどのような経過を辿るか予測は難しいが、他のパンデミック候補と同じく、ウイルスがその変異過程で人により感染しやすくなるかどうかが鍵となる。でもそれはウイルス学的に予知が難しく、きめ細かい疫学調査の継続と、そこからの世界への情報発信が重要と考えられる。
中国政府のH7N9鳥インフルエンザに対する警戒態勢は強化されているが、H5N1鳥インフルエンザやMERSが発生している、エジプトやサウジさらには周辺国における公衆衛生学的警戒体制は脆弱なようだ。
以上、概観してきたように、パンデミックは公衆衛生学的発展途上国から発生する危険性が高い。WHOをはじめとした世界の専門家達の役割と責任は大きい。
外岡 立人
医学ジャーナリスト、医学博士
編集部より:この記事は「先見創意の会」2015年3月10日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。