中国マネーが生み出すいびつな不動産市場

岡本 裕明

バンクーバーのローカル新聞に興味深い記事があります。「5180万ドル(邦貨約50億円)の住宅の買い手は元アヒル畜産経営者」。この住宅はバンクーバーの中でも屈指の高級住宅街の一つであるポイントグレーというエリアにある延床700坪を超す巨大な邸宅です。売り主はアメリカのソーシャルメディア ZYNGAのCEOです。買い手の元アヒル畜産経営者とは中国で立身出世された方で氏の法人を通じて購入したようです。


バンクーバーで今起きていること、それは高級住宅地や宅地が飛ぶように売れることでしょうか?そしてその買付オファーの9割以上が中国人からとされています。私のテナントが持ち家を売るにあたり売り出しのオファーを出したところ3日とたたずに決まった相手も中国人でした。

不動産ローン会社の社長が食事をしながら私に興奮気味に話すその内容はバンクーバーの優良な宅地や住宅に対する買付オファーの数が二桁になるのは当たり前でそのパワーにはあきれさせるほどのものがあるという数々の例でした。売値約4億7000万円の物件は希望額より下回った買付オファーは1件だけであとは数千万円レベルの上乗せが当たり前、最終的に5億5000万円程度で決まったそうです。そんな「プラスアルファ物件」がごろごろしているのがバンクーバーであります。

明らかに狂った相場ですが、なぜこのような事態になっているのか、マネーはほとんど中国である点から為替のメリットもありますが、中国人の資産の分散化がより進んでいると考えるのがナチュラルであります。中国では習近平国家主席が反腐敗運動をしており、要人が次々と逮捕されたり会社のトップが突如いなくなったりして事業の継続性や安定感に不安感が漂っています。

また、北京ではゴルフ場が閉鎖され、今後もその傾向が続くだろうと言われているのは農薬を使う環境問題だけでなく贅沢でひそひそ話ができる環境が腐敗の温床と考えているのでしょうか?習体制の厳しい締め付けは国家のあるべき姿を作り出すという点においては正しい方向でありますが、多くの中国人にとって文化大革命が身を持った体験として刻まれていることに誰も表立って触れません。

私の知るある上海出身の中年女性は当時のことを「思い出したくもない失われた10年」と表現します。そこに繰り広げられた弾圧、締め付け、濡れ衣、大衆扇動は明らかに歪んだ世界を作り出しました。90年代、香港返還を97年に控え、多くの香港人は資産を旧大英帝国の息のかかる国、つまりカナダ、オーストラリア、ニュージーランドそして英国本土を中心に分散化を図りました。その意味は中国は資産を一夜にして取り上げるという恐れであり、われわれの世界では考えられないような不信感、そして自分の身は自分で守らなくてはいけないという観念が体に染みついています。

バンクーバーの不動産は香港系、台湾系、そして今や中国本土系のマネーで潤っていると断言してもよいでしょう。多くの地元民は堅調で確実に値上がりする不動産市況に定期預金の利息ぐらいの当たり前の期待を抱いている気がします。しかし、これもずいぶん危うい話で中国政府が海外への資金の持ち出しをきちんと締め付けたらこんな不動産バブルは起きるわけがなく、市場ががたがたと音を立て崩れないとは言い切れません。

不動産が定期預金であるならばいつかは解約する日があるし、元本保証もないということです。それは肝に銘じておかねばならないし、その解約日は中国のポリシー一つにかかっているともいえます。バンクーバーの不動産はそういう意味では世界の中でもかなりユニークな存在であることは事実でしょう。砂上の楼閣にならないことだけを祈ります。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本 見られる日本人 3月24日付より