経済を科学する?

北尾 吉孝

先日Twitterのタイムラインを見ていたところ、「経済とは自然科学と思ったほうがいい。そして自然科学である以上は、その現象の背景に何らかの自然のルールがあって、そういうものでみんなが動いている。結果が経済的な一つの流れ、商売というものになってきているんだ」という大前研一 BOT (@ohmaebot)さんのツイートがありました。


昨日のブログ『「2年で2%」というインフレ目標』でも述べたように、凡そ複雑系の中でもそもそも経済というのはある意味最も複雑なものであり、然も今や世界中の経済が相互に絡み合い密接不可分な状況の下、その難解極める複雑系の背後にある種の法則性を見出し割り切れるような世界ではないと私は認識しています。

マクロ経済というものは最早一国・一地域といったところで論ずることが出来ず、純粋な経済モデルで当て嵌まった一つの恒等式というのも、非常にセグメントされた経済の一側面における小さな条件・細かな領域の中だけで通用する閉鎖的モデルでの法則であって、一般世界の経済現象を見るにそれが直ぐに通用するかと言うと、必ずしもそういったものではありません。

勿論、自然科学の原理原則にあっても過去Aとされていた事柄が「コペルニクス的転回」を遂げて新理論が証明されBであるという新常識がまた創られて行くということも当然ながらありますが、それは人間の知識レベルがそうした自然現象を理解出来ないが故に生じるものだと言えましょう。

重力ということを例に考えてみても、アイザック・ニュートン(1642年-1727年)の万有引力の法則が説明していた時代もあれば、アルベルト・アインシュタイン(1879年-1955年)の一般相対性理論がそれに代わって行く時代もあるといった具合に、人間の知識レベルと共に嘗ての常識が非常識という形で塗り替えられ、そこに一つの新しい法則が発見されてくるわけです。

それに対して上記したように、法則が凡そ存在しないと言っても良い程に経済は複雑でありそれを理解するのはある意味至難の業であって、一時代にAの国で通用した事柄がBの国あるいはAの国の別の時代で通用するかと言えば、必ずしもそうではないことがあるのです。

例えば日本の経済を見ていても、安倍晋三首相がアベノミクスを掲げて登場してから2年超が経過した今、大分ベターな方向に世の中が変わってくる中で所謂「リフレ派」が力を得ている状況がありますが、その一方で理論上の誤り等を指摘し続け尤もらしいこと述べている学者も沢山いて、経済学者が100人いれば百人百様の考え方があると言っても過言ではない位、実際のところ何が真理かは誰にも分からないような世界です。

私は慶応義塾大学時代、新古典派と言われる学派の近代経済学を専攻していました。英国のケンブリッジ大学に留学してからはそれに加えてアルフレッド・マーシャル(1842年-1924年)、アーサー・ピグー(1877年-1959年)以来の伝統である古典派経済学、そしてそこからジョン・メイナード・ケインズ(1883年-1946年)やジョアン・ロビンソン(1903年-1983年)の経済学、あるいはポール・サミュエルソン(1915年-2009年)により提唱された「新古典派総合」といった学問を勉強してきました。

ケインズとは言わば経済学の最高峰と称されていた時代もあれば、最早ケインジアンは古いと言われる時代もありましたし、マネタリー・エコノミクスを標榜したシカゴ学派のリーダー、ミルトン・フリードマン(1912年-2006年)のような学者が一世を風靡する時もありました。

此の文脈で述べるならば、3年程前にも『ノーベル経済学賞に対する私の考え方』を書いたことがありますが、私は経済学のノーベル賞については他のノーベル賞とは違って廃止すべきではないかと考えており、そうした主張をされる知識人も結構多いように思います。

勿論、私が経済を見るに当たっては、常に学問的成果というものを踏まえて自分なりに消化し、そしてそれに照らし合わせる中で、その実態を洞察しています。但し繰り返し指摘してきたように、経済学の理論というのも理論としてはありますが、今実際に動いている複雑系の現実を説明する理論は結局の所ないのです。

従ってそうした意味での限界を露呈していますから、そもそも検証・実証可能な物理学等の自然科学と同じ意味で、経済学を「科学」とは言い得ないと認識せねばなりません。経済という極めて難しい複雑系における法則性とは、一つのモデルの中でのみ制約的に適用されるだけであり、此の人間社会にあって当該モデル自体が全く当て嵌まった現実を探し出すのは不可能な話でありましょう。経済は生き物であって、その問題に対してはそう簡単に処方箋が描けるわけではないとの前提を有し、実践的な施策を練り試行錯誤的に講じるべきだと思います。

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