「技術」と「人間」 --- 長谷川 良

アゴラ

ドイツのジャーマンウィングス機(エアバスA320、乗客144人、乗員6人)の墜落は副操縦士の意図的な操作による可能性が濃厚となったことを受け、欧州航空会社は、①コックピット内の常時2人体制、②パイロットの精神的チェックの強化―などの対策に乗り出し、①は多くの航空会社が即日実行に移した。


航空関係者は迅速に教訓を引き出したが、ドイツ機の墜落の場合は想定外の出来事だった。独日刊紙べルリーナー新聞は「計算された死」という記事の中で、「考えることすらできない出来事」と書いている。副操縦士は面識のない多くの乗客を道連れに、機体を急降下させ、山壁に衝突させたからだ。

当方は「コンピューターが操縦桿を握る時」(2015年3月26日)というコラム記事の中で、昨年11月5日、ルフトハンザ機で生じたコンピューターの誤導に関する独週刊誌シュピーゲル(3月21日号)の記事内容を報告したが、今回のジャーマンウィングス機の場合、操縦士の立場にある人間が意図的に墜落させただけに、航空会社の衝撃はこれまでになく大きい。

航空会社のショックの一つは、コックピット内の安全強化が裏目に出たことだ。米国内テロ多発事件後(2001年9月11日)、航空会社はさまざまな対策に乗り出した。その一つはコックピットへの第3者の侵入を阻止するためコックピットを内から閉じるシステムを導入したことだが、ドイツ機墜落の場合、この技術的改善が機長をコックピットに入れさせず、副操縦士の狂気の計画を可能にさせたわけだ。

独紙フランクフルター・アルゲマイネは、「パイロットは一般的によく訓練され、教養も高いが、人間は天使ではない。疲れたり、ストレス下では間違いを犯す」と書き、仏日刊紙リベラシオンは、「技術は発展したが、その技術を管理するのは依然、人間だ」と述べている。

航空技術の発展、安全管理の強化で技術の欠陥による事故は限りなくゼロに近くなったが、ドイツ機の墜落は、安全管理の主役は「技術」ではなく、「人間」にあることを改めて示したわけだ。その意味で、航空史上、記録に残る出来事となった。

独メディアは墜落当初、機体の技術的欠陥の可能性に焦点を合わせて様々なシナリオを報じたが、ここにきて副操縦士の言動を調査し、その病歴を詳細に報道し出した。28日現在、技術的欠陥説は依然、完全には排除できないが、独仏捜査当局の焦点は副操縦士の病歴に注がれている。墜落の最終的結論が出るまで時間がかかるだろうが、今回のドイツ機の墜落は「技術」と「人間」の関係を改めて考えさせる出来事となった。

当方は昔、F1の世界チャンピオンで航空会社経営者でもあったニッキー・ラウダ氏に飛行機事故について、ウィーン空港事務所内でインタビューしたことがある。同氏は当時、「事故の原因は人間だ。技術は事故を犯さない」と主張し、技術発展に絶大の期待と信頼を寄せていたことを思い出す。問題はハード面ではなく、ソフト面の人間だというのだ。ジャーマンウィングス機の墜落は同氏の主張を図らずも裏付けることになったわけだ。

ただし、昨年11月のルフトハンザ航空の事故はコンピューターシステムの想定外の反応だった可能性が高い。経験豊かなパイロットの迅速な対応で事故を免れたが、技術が事故を誘発させる可能性も完全には排除できない。

いずれにしても、「技術」が急速に発展する一方、ソフト面の「人間」が旧態依然の状況である限り、人間が原因の事故が今後、増えてくることが予想されるわけだ。ホンダの創設者、本田宗一郎は「科学技術に優先するものは、人間の正しい思想だ」と述べている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年3月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。