企業が子会社の売却を考えるとき、投資銀行に売却先の紹介を依頼すれば、手数料を払うことは当然である。手数料を払っても、高い価格で売却できれば、売り手としては、少しも、惜しくない。しかも、売り手の代理人である投資銀行は、売却額に対して手数料率をかけるので、できるだけ高く売る誘因が働く。さて、では、買い手の立場はどうなるのだ。
投資銀行の中核業務である資金調達支援の機能は、本来は、調達側の企業と運用側の投資家の利益を均衡させることである。つまり、投資銀行は、資本市場の担い手として、市場に対して責任を負うということだ。そのことの具体的な意味が、資金調達者に対しては、調達コストの最適化を保証し、資金運用者に対しては、同時に、最適期待収益を保証することになるのだ。
企業による子会社売却における投資銀行の仲介機能についても、売り手と買い手の双方の利益を公正に均衡させることこそが、本来の姿である。つまり、売り手に対してのみならず、買い手に対しても、価格の合理性が保証されなければならない。
ところで、投資銀行の手数料は、取引完了時に全額一括で支払われる。取引が終われば、投資銀行の仕事もお終いである。後は、責任はない。売り手との関係では、それでいいかもしれないが、買い手との関係で、それでいいのか。報酬体系は、投資銀行の行動様式を、市場に対して責任を負うように律する方向へ機能しているか。
売り手の企業は、投資銀行を介さずに、プライベートエクイティの運用者との直接交渉でも、売却できる。この場合は、手数料はかからない。しかし、運用成績をよくしたいプライベートエクイティの運用者の立場からすれば、できるだけ安く買う誘因が働く。では、売り手の立場はどうなるのだ。一定期間後、今度は、別の企業に、できるだけ高く売る経済的誘因が働く。では、買い手の立場はどうなるのだ。
プライベートエクイティは投資運用業である。単に安く買って高く売るだけの仲介機能では意味がない。買ってから売るまでの間に、いかにして付加価値を作り出すか、それが運用である。故に、運用者の報酬は、運用期間全体を通じて、運用報酬の形で、回収されるのである。運用者は、一種の瑕疵担保のような、仕事の結果についての責任を、長期に負担することになるのである。ここに、投資銀行業と投資運用業の本質的な差がある。
事業再編においては、企業間における事業譲渡は不可欠である。その担い手は、投資銀行でも、プライベートエクイティの運用者でも、どちらでもいいのだ。要は、どちらが、市場に対して、よりよく責任を負える仕組みなのか、そこが問題なのである。
森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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