労働基準監督署の指導について --- 尾畑 亜紀子

アゴラ

1.指導の端緒

労働基準監督署の監督官が、ある日突然事業場を訪問し、事業主に対して質問を行なったり、帳票類の提示を求めたりすることがあり、初めて調査、指導を受ける事業主は困惑することがあるかもしれない。


これは、労働基準監督官が、専ら以下の2つの契機に基づき、労働基準法に定められた権限に基づいて行う手続である。

労働基準法104条は、「事業場に、この法律又はこの法律に基づいて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。」との規定がある。

つまり、ある事業場の労働者が、労働基準法に抵触する事実を認識した場合、労働基準監督署に申告することができる旨の規定である。

また、労働基準法101条は、労働基準監督官の権限として、「労働基準監督官は、事業場、寄宿舎その他の附属建設物に臨検し、帳簿及び書類の提出を求め、又は使用者若しくは労働者に対して尋問を行うことができる。」と定めている。

そこで、この規定に基づき、労働者の申告があった場合、労働基準監督官は、問題のある事業場に臨検に赴いて法違反の事実を調査することになるのである。

一方、労働者の申告によらず、定期的に事業場に法違反の有無を調査するため臨検する場合もある。

このように、労働基準監督署の指導の端緒は2つあると考えて良いと思われる。

2.指導内容

労働基準監督官は、上記労働基準法101条に基づき、臨検時あるいはその後に提出された労務管理に関する帳票の提出を受けて精査し、法違反があれば是正勧告書及び指導票を作成して事業主に交付する。

労務管理に関する帳票は、労働者名簿、就業規則、賃金台帳、賃金控除に関する協定書、時間外労働・休日労働に関する協定書、労働時間管理の記録等である。

法違反の顕著な例は、労働者名簿を調製しないこと、就業規則あるいは時間外労働・休日労働に関する協定を届け出ていないこと、時間外労働をさせているのに割増賃金を支払っていないこと、などである。

労働基準監督官は、かかる法違反の事実を是正勧告書において指摘し、指導票においてさらに法違反の具体的な事実を指摘する。

そして、違反事実に対して是正を促すとともに、期日を定めて報告を求める。

3.指導に対する是正報告

是正勧告書あるいは指導票には違反事実に対する是正期日が記載される。

事業主は、指摘された違反事実があると考えるならば、是正期日までに是正した上で労働基準監督署宛是正報告書を作成して提出する。

また、指導の端緒が申告であり、指導を受ける中で申告者の姓名が判明するのであれば(通常申告者は匿名であり、姓名を開示することを拒否される場合が多い)、労働基準監督官に仲介の労をとってもらい、当該申告者との間で個別的労使紛争を解決することができる場合もある。

4.刑事罰が想定される場合

労働基準法102条は、「労働基準監督官は、この法律違反の罪について、刑事訴訟法に規定する司法警察官の職務を行う。」と定める。

つまり、罰則が予定される労働基準法違反の事実に対して、労働基準監督官は司法警察員と同じ職責を負うのである。

罰則が予定される労働基準法違反の対象条文は労働基準法119条に規定がある。

例えば時間外割増賃金を支払わない事業主に対して、労働基準法37条違反を指摘して是正を促したところ、当該事業主が指導に一切応じない、あるいは従わない場合、悪質なケースと看做され、労働基準監督官において、刑事手続を検討する場合がある。

この場合は検察官に送致され、刑事処罰を受ける可能性がある。

尾畑 亜紀子
弁護士


編集部より:この記事は「先見創意の会」2015年4月21日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。