リコーの途上国ビジネスが先進的なワケ

安藤 光展

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(左)大森慧子さん、(右)赤堀久美子さん

■国内外で評価される社会貢献とは
昨今、企業のCSR(企業の社会的責任)や社会貢献活動が非常に注目されています。

国によっては政府の強力な後押しがあったり、法律になったりしていますが、日本はいまだ試行錯誤が続いているようにも感じます。課題となっているのは「ビジネスと社会貢献の融合」です。

そこで、ビジネスと社会貢献のを目指す先進的プログラムであるリコーの「インド教育支援プログラム」に関わる、赤堀久美子さん(サステナビリティ推進本部)と、大森慧子さん(VC事業部)に話を伺ってきました。

先月、今月と「世界で最も倫理的な企業 2015」(World’s Most Ethical Companies)の選出や、環境コンテンツランキング「Eco Site Survey2015」と「東洋経済CSRランキング2015」などのランキングで上位入賞など、国内外で高いCSR評価を受けるリコー。

事業部門とCSR部門のコラボレーションにより、リコーは社会にどんな影響を与えてきたのか。そして新興国の教育支援がどんな未来につながっているのか。

社会から評価される企業の担当者は、何を考えて事業を運営しているのかについてもお聞きしました。インド・ビジネスや、社会貢献ビジネスに興味がある方必見のロング・インタビューです。

■企業とNGOを往復するハイブリッド・キャリア
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赤堀久美子さん(サステナビリティ推進本部)

ーー簡単にご経歴をお願いします。

赤堀久美子さん(以下、赤堀):私は大学を卒業して、新卒でリコーに入社しました。最初はデジタルカメラの事業部に配属となりました。仕事としては海外販売部門で、カタログやWEBサイト作りなどの販売促進や営業支援、海外でのデジタルカメラの業務活用の企画推進など、海外とのコミュニケーションがメインでした。

リコーでの仕事も面白かったのですが、学生時代から途上国の支援やビジネス・開発に興味があり、もっと途上国の現場に出る仕事をしたいと考え、リコーに5年間勤めた後NGOに転職しました。

当時(2003年)は、イラク戦争があり、そのNGOがイラクでの支援事業を立ち上げる際のスタッフとして現場に行きました。治安が悪化したため、実際に現地で活動したのは4ヶ月くらいでしたね。

帰国後は、日本からイラク支援をしながらアフガニスタンなどの紛争地域も担当していました。NGOとしては紛争後の支援だけではなく、自然災害時の緊急支援活動もしていたので、災害が起きるたびに東京から緊急支援をサポートしていました。

NGOでは5年半ほど働き、その時に結婚して出産もしたので、現場にはほとんど行けなくなってしまいました。当時2人の子どもをNGOの給料で育てていくのは大変という、現実的な問題も抱えていました。NGO以外の形で社会とつながる仕事ができないものかなと考えて、辿り着いたのが企業のCSR部門で働くことです。リコーは辞めたものの知り合いはいましたので、CSR部門の方を紹介していただき、2008年に再入社しました。

ーーいわゆる「出戻り入社」ですが、すんなりいったのでしょうか。

赤堀:リコーは人材活用に関して積極的で、再入社の事例もいくつかあると聞いています。私としてはすんなり入社したイメージなのですが、もしかしたら人事部門とCSR部門とは色々なやり取りがあったかもしれません。

現場でNGOの課題も感じていたし、企業の技術や資金など、企業だからできる社会への貢献もあると思っていました。そのチャンスをもらえたことには非常に感謝しています。

ーー企業で5年、NGOで5年というキャリアは、日本のCSR部門にはほとんどいないイメージがあります。

赤堀:たしかに少ないかもしれません。セクターをまたいだ転職が今後増えれば、もっとNPOと企業の連携も進むのかもしれませんね。

リコーに戻ってきた2008年ころは「BOP(Base of the Pyramid、貧困層)ビジネス」が注目され始めた時期で“途上国の貧困層にビジネスで貢献する”という考え方が広まりました。私もリコーに再入社後、いくつかセミナーに参加してその可能性を感じ、社内でBOPプロジェクトを立ち上げました。

リコーはそれまで国内の社会貢献活動は積極的だったのですがグローバルな展開はあまりしていませんでした。これからは海外での活動も重要になると考え、様々なグローバルな課題等も考慮し、途上国の教育分野での社会貢献を検討することにしました。そこに、ちょうど印刷機の事業部門がインドの教育市場での販売拡大のために、マーケティング調査をしたいとの相談があり、ではインドの教育支援とマーケティング調査を両立した取り組みにしようと。

インドの教育市場を学校数でみると、日本は数万校なのに対し、インドは数百万校もあります。教育支援は社会貢献活動でもあり、教育に貢献する製品・サービスを検討するビジネスの場でもあります。それが、2011年から始まっている国際NGOの「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」との協働プロジェクトである「インド教育支援プログラム」です。

■社会貢献とビジネスの境界線
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インド教育支援プログラムの風景(写真提供:リコー)

ーープロジェクトのスタート時からビジネスを意識していたのですか。

赤堀:最初は印刷機を寄贈して使ってもらうという形でスタートしました。リコーは製品を提供、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンは学校現場での改善活動をしました。このプロジェクトは3年間行い、社会貢献活動を中心に行いながら現場でのマーケティング調査を行いました。

その後、プロジェクター部門もインドの教育市場に関心を持ちましたので、チームを組んでインドの学校に訪問した所、リコーも価値を提供できそうだという判断になりました。プロジェクターの部門は最初からビジネスを目指し、2年間の調査事業をスタートし現在も継続しています。

この調査事業では、プロジェクターやデジタルコンテンツの提供、先生の教え方の改善で、教育の質の向上に貢献することを検証しています。ビジネス的には、2年間の教育市場のリサーチとパイロット授業の実施で、今後の販売につながるビジネスモデルを構築できるかがポイントです。

私自身の業務としては、インドでの教育支援以外にも、事業部門と協働して、「途上国・新興国の課題解決」と「ビジネスの成長」の両方につながるプロジェクトの検討を行なっています。

ーー途上国での業務は語学力が問われそうですね。

赤堀:実は英語はそれほどできるとは思っていないんです。基本は受験勉強で、大学の時に1年留学経験があるだけです。仕事で英語を使いながら、レベルアップをはかっている感じです。仕事では“正しい英語”というより“通じる英語”だと思い、コミュニケーションをはかっています。

インド英語も最初は聞き取るのが大変でしたけど、慣れるとそんなものなのかなと感じてきました。どこの国の言葉もそうだと思いますが、毎日のように聞いていると、わかるようになるみたいです。

■想いと行動力で、夢を実現する
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大森慧子さん(VC事業部)

ーーでは大森さんのご経歴についてお聞きします。

大森慧子さん(以下、大森):私は、新卒入社で、この4月で3年目となります。丸2年しかリコーで働いていないのですが、2013年10月から始まったこの調査事業の立ち上げから、事業部側の人間として関わらせていただいています。

そもそも、リコーに入ろうと思ったきっかけがこの「インド教育支援プログラム」なんです。大学での専攻が、少し珍しいですが「スウェーデンの現代社会」でした。私は、その中でスウェーデンが子どもの権利の視点から実施している国際開発援助について研究をしていました。

その卒論のリサーチの一環として、同じ分野で活動する日本のNGOに話を聞きたいと思い、当時はまだ大阪にいたので、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの大阪事務所にフィールドワークとしてお話を伺いに行きました。そこで「興味があるならボランティアしてみない?」と誘われ、卒業までの約1年半参加させて頂きました。

当時は東日本大震災後ということもあり、復興支援活動に大きなリソースがさかれていました。そのため大阪事務所は人数が少なく、現場に行く機会はありませんでしたが、大阪マラソンなど大きなイベントがある際に、団体の活動紹介やプロモーションなどのボランティアをしていました。

ーー卒論のころだと就職活動が気になりますよね。

大森:卒論を書きながら、就職活動の時期がきたわけですけど、大学院に行くか就職するかで正直悩んでいました。院に進んでもう少し国際関係について勉強したいという思いがあったからです。しかしそのNGOのスタッフの方に、社会に出てもビジネスをしながら学べる機会がある、最近はそういった会社も増えてきているというアドバイスを頂きました。

確かに国際協力の世界は即戦力を求められることが多いので、企業に入って社会で活かせるスキルを身につけてからでも遅くないはないな、と。だから最初は企業に入社して、ビジネスを通して社会を学ぶからこそ、できることがあると感じました。

そして、就職活動をすると決心したころ、そのアドバイスをいただいたNGOの方からリコーと協働で実施している「インド教育支援プログラム」の話も聞いて、こういう会社もあるのかと知り、非常に興味を持ちました。それじゃあリコーは少なくとも受けよう、ということで採用面接の時に、自分の今までの経験や、これから挑戦したいことの話をしました。

途上国への一方的な支援ばかりではなく、持続可能な発展を望むためには、ビジネスとしてお互いにメリットを出していく必要があるのではないかという、自分の考えを語りました。そして、ありがたいことに内定をもらえて今に至ります。

■立ちはだかる社内のハードル
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インド教育支援プログラムのページ(ウェブサイトより引用)

ーープロジェクトの大変なことはなんですか?

赤堀:プロジェクトのステージによって大変なことって変わると思うのですが、例えば、新規プロジェクト立ち上げの場合、まずは社内で承認してもらう必要があります。どのプロジェクトでもそのハードルがあるわけですが、特に私たちの活動のように、事業部門とCSR部門で協働プロジェクトをするとなると、それぞれの部門トップの承認が必要です。

私たちは5年くらい前から「価値創造CSR」という領域を強化しており、売上の一部を寄付するなどの社会貢献を主目的とした活動をするだけではなく、事業の成長と社会課題の解決を同時に達成できるようなプロジェクトを進めて行きたいと考えています。

そういったプロジェクトの立ち上げが私の仕事でもあるのですが、こうしたプロジェクトの提案をすると、社会課題解決の視点ではいいけど、ビジネスとして本当にインパクトを出せるのか、という視点では提案説明がしにくい部分もあります。逆に事業部側では、ビジネスとして実施するのに、CSRやNGOと組む意味はあるのか、という話が出ます。

そういう部門やセクターを超えた協働の価値については理解を得るのが難しく、大変な仕事の一つではあります。

プロジェクトをスタートさせてからは、NGOや現地とのコミュニケーションが課題となります。今回の「インド教育支援プログラム」でいえば、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンという国際NGOがパートナーなのですが、すでに印刷機のプロジェクトで3年間共に活動し、お互いの組織に理解があったにも関わらず、それでも最初は大変でした。

現地の政府と協力してプログラムを進めていくので、政府の対応が遅いとプロジェクトが数ヶ月ストップすることもあります。ただ、セーブ・ザ・チルドレン・インドという現地パートナーの協力を得られるセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの現場での最終的なアウトプットを出す力は素晴らしいモノがあります。

そのあたりを前プロジェクトで経験した私は、肌感覚で何とかなると思っていても、事業部門はデッドラインとアウトプットが決まっているため、予定通りに成果が出ないと心配になる。プロジェクトの立ち上げ時期は本当にお互い苦労していましたね。

■現場で感じる子どもたちの笑顔
ーープロジェクト運営の中で、嬉しかった瞬間はどんな時ですか。

赤堀:インドで行なったパイロット授業で、子どもたちの笑顔を見た瞬間ですね。NGOに勤めていた時もそうなのですが、誰かの笑顔に直接貢献できる仕事って本当にやりがいがあります。あと、事業部の方が「新興国のビジネスに必要なのは、現地の課題解決やNGOとの連携なんですよ!」と語っているときでしょうか。「よし」って、心の中でガッツポーズしています。

CSR部門が事業の社会性を語るのではなく、事業部門側が言うことに意味があると思っています。CSRの社内浸透というか。私たちの役目はそこに尽きます。

ーー海外のNGOや組織との連携のポイントなどはありますか。

赤堀:まず、お互いの目指していることを共有し、理解することがキーです。NGO側が企業に対してどう考えているかも重要。今一緒にやっているセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンは、企業のビジネスとしてのコラボへの理解もあります。

だから、例えば、印刷機を寄付するから、マーケティングデータとして、使われ方等の利用レポートを欲しいといえば、提供をしてもらえましたし、ビジネスモデルを構築するための調査でも、「子どものために」という共通の目的のために協働ができています。

しかし、NGOによっては、一企業の利益につながるような活動は行なわないというところもありますし、団体によってやり方は様々だと思います。

■目指すべき将来像と向かうべき未来
ーープログラムの今後の目標を教えて下さい。

赤堀:まずは、確実にビジネスにつなげていくという成果を出すためにビジネスモデルを作ることが直近の目標です。「インド教育支援プログラム」では、インドの3つの州でしか活動を実施できていないので、これをビジネスとして、インド全部の州に広げていきたいです。この社会貢献とビジネスが融合したモデルをどこまで広げられるのか、ですね。

もう少し先のことを考えると、インドで成功したモデルは他の国や地域でも同様の展開ができると思っています。他の新興国、他の課題での展開ですね。この横展開をしていきたいです。

大森:インドではプロジェクトが立ち上がりさえすれば、あとのビジネスをドライブするのはリコー・インドの仕事になっていきます。そうすると私たちの日本チームの仕事は一区切りです。ですので、インドの他の地域や、他の国々に展開していくのが仕事になるのかな。

あと、今思っていることがありまして、これって日本でも実は同じ課題を抱えているのかもしれないと。ICTやテクノロジーを使って、生徒と先生がインタラクティブ(双方向)で授業を行っている所ってそこまで多くないと思うのです。日本の学校でも電子黒板を導入したはいいけど、実際使われてないとか…。

授業時間内で先生がセットアップして、授業の合間の10分で移動も含めてできるかというとほぼ無理なんですよ。電子黒板を準備するより、教科書開くだけのほうがいいに決まっています。先生の中には自分のスタイルを確立している方たちもいますので、難しい所はあります。

これは、実はインドの課題と一緒で、生徒の学びが一番大きい授業方法は何かを徹底的に突き詰め、双方向で進める必要があります。こういった課題にも、今後取組みたいと思っています。

ーーご自身の今後の目標を教えて下さい。

赤堀:社内的には、社会課題の解決とビジネスの成長を両立する“ネタ”を一つでも多く作り、その価値を社員の多くの人に理解してもらうこと。最終的には、経営層がCSRや社会課題の解決に取り組む価値をもっと語るようになって欲しいので、そのために取り組んでいきたいと思っています。

今までは、社会課題に対して、「政府・支援機関・NGO・企業」などの各セクターのそれぞれがアクションしている状態だったと思うのですが、これからは、全てのセクターが一緒になって社会課題解決に動くことがインパクトの最大化のために必要になってきます。これらの異なるセクターやステークホルダーを多く巻き込み、より大きなインパクトのあるプロジェクトを推進する役割を担っていきたいです。

■教育支援は、未来を作る仕事である
ーー大森さんにお聞きします。なぜ「教育支援」なのですか?他にも社会課題はあると思うのですが。

大森:大学生の時の研究テーマが「子どもの権利の視点からみる国際開発援助」だったんですけど、その頃から特に教育分野には関心がありますね。子どもの権利と言っても色々ありますが、基本的には課題解決や支援は子どもたちだけではなく、まわりにいる親や大人にもアプローチする必要があります。特に教育はここの側面が強く、いかに親の理解を得て、先生を巻き込めるかがキーになります。

そういった“子どもの権利の視点”をもって開発援助をしている国は意外に少ない印象があります。教育って“視点の提供”だと思うんですよ。

適切な教育を受けていない子どもは、いま見えている世界しか知らず、将来の職業選択の幅も狭くなります。知らない職業には就くことができません。物事を知らないといまの現状にそもそも疑問を持つこともありません。

そもそも、私がいま話しているようなことに興味を持ったのも、それを学校で学んだからであって。だから教育を通して子どもたちに新しい視点を提供し、子どもの可能性を広げていくようなことができたらいいなと思っています。そういう世の中になれば素敵ですよね。

ーーまずは知ることが重要だと。

赤堀:インドの農村部で子どもたちに将来何になりたいか聞くと、学校の先生か医者と答える場合が多いです。例えば、日本の小さい子に聞くと「お花屋さん」、「パン屋さん」、「サッカー選手」と、将来なりたい職業がいくつも上がりますが、インドの多くの子どもは、そんなに選択肢を知らないのです。教育は、子どもの選択肢を広げ、未来を作る仕事だと思っています。

今、実施している「インド教育支援プログラム」と、その先にあるビジネスを通じてインドの子どもたちの未来に貢献していきたいです。その活動の中でリコーって会社があるんだって、知ってもらえれば嬉しいですね。

(『ビジネスと社会貢献の融合で世界を変える! リコー「インド教育支援プログラム」』より、修正・加筆し転載)