「友好」より「戦略的互恵関係」で行こう --- 井本 省吾

前回のブログで取り上げた西尾幹二氏は産經新聞4月16日付け「正論」欄で、こう書いている。

戦後一貫して日本が気兼ねし、頭が上がらなかったのはどの国だったろうか。 中国・韓国ではない。アメリカである。ドイツにとってのフランスは日本にとっては戦勝国アメリカである。日本にとっての中国・韓国はドイツにとってはロシアとポーランドである。……日米の隣国関係は独仏関係以上に成功を収めているので、日本にとって隣国との和解問題はもはや存在しないといってよいのである

単に地理的に隣国だからと言って、無条件に重視する必要はない。とりわけ隣国重視を外交方針にしている日本の姿勢を見て、何かと日本に理不尽な要求を突きつけてくる中国や韓国などは無視すれば良い、といっているのである。

同感である。しかし、日本人の多く、特にマスコミはそう考えられない。「外国、特に隣国とは友好第一」を基本にしている。「国際的に孤立してはならない」が国是のようになっている。

これには戦前、国際連盟を脱退した苦い経験がある。国際連盟脱退の後、次第に英米との関係が悪化して世界から孤立し、ABCD包囲陣による経済封鎖から第2次大戦に突入、無残な敗戦の憂き目を見たことがトラウマのようになっている。

友好第一はそこから来るが、戦後米国に押し付けられた憲法の前文も利いている。

日本国民は……平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した

国際関係は複雑な利害衝突が絡み、各国は少しでも自国に有利な環境を築くべく、様々な策略、陰謀をめぐらす。諸外国が何を企んでいるか、つねに疑い、発言や行動の裏を読んで自らの言動を考える。

それが世界の常識だが、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼しなければならない」という憲法前文の精神を子供のころから叩き込まれている戦後の日本人は、「相手を疑ってはならない。信頼し、友好関係を保たなくてはならない」とナイーブに思い込んでいる。

戦後憲法だけでは、これほど強固に友好精神が根付くことはなかっただろう。大元には聖徳太子以来の「和を以て貴しとなす」の精神がある。それは日本人の文化的DNAとなって、脳裏に刻み込まれている。

それは日本人の美質でもある。しかし、世界は利害で動いている。こちらが友好第一で行くと、相手はそれに付けこんで、自分の要求を押し付けてくる。重ねて言えば、それが世界の常識で、中国と韓国は典型的だ。
 
だから、我々も世界の常識に従い、ギブ&テイクの精神で行く方が国益維持の点で望ましい。中国との関係もそうで、第一次安倍政権時代に安倍首相が中国の胡錦濤国家主席との会談で一致した「戦略的互恵関係」の考え方もそうした含意があった。

日中両国間で立場の違う歴史問題を事実上棚上げして地域の安全保障や経済、人的交流など双方が「果実」を得られる分野で共通利益の構築をめざし、2国間関係を強化・発展させていく考え方だ。

その後の福田政権以降、友好路線が前面に出てくるが、安倍首相には「双方の違い」を認め合い、その上でお互い共通利益を追求しようという考えが基本にあったはずだ。

中国側は「友好」「戦時中の謝罪」という殺し文句を前面に押し出し、それをテコに日本から様々な譲歩、有利な経済支援を確保しようと思っていた。だが、いくら要求を強めても安倍首相は譲歩しない。ならば、安倍の言うギブ&テイクの「戦略的互恵関係」で行くか--。バンドン会議での習近平国家主席との会談実現を見ると、そういう方向に戦略を変えてきた趣がある。

これでいいのである。「慰安婦問題での謝罪、賠償」で詰め寄る韓国に対しても同様の方針を貫くべきである。隣国だからといって甘い態度に出るべきではなく、逆説的だが、ギブ&テイク路線が最も、隣国との和を保ち、国益に資すると思える。

日本にとって一番重要な隣国は米国で、西尾氏の指摘するように「日米の隣国関係は独仏関係以上に成功を収めている」。だが、その西尾氏が最も警戒しているのがまた、米国である。

日本を永遠に自国の支配下に置こうという米国の意志は強く、その戦略の一環として日本に第2次大戦時の「贖罪意識」を植え付け続けようとしている。

米国が慰安婦問題で韓国側に付き、しばしば韓国への譲歩を日本に迫るのもそのためで、とりわけ現オバマ政権など民主党政権にその傾向が強い。

安倍首相としては、韓国側につくことは結果として米国のためにもならないことを粘り強く説得するしかない。慰安婦問題や竹島問題で歴史資料はすべて日本の主張が正しいこと。アジアにおいては日本との同盟を持続させることが最も米国の国益にかなっていること。それこそ戦略的互恵関係に立って、日本との共通利益を図ることが得策であることを、米国に諄々と説くことが大切だ。

むろん安倍首相もそれは承知していよう。すでに安倍首相は4月26日からの米国訪問に当たって、水面下でその説得を試みていると思う。29日の米議会演説でも、不毛な「歴史認識」問題の深みにはまることなく、日米の戦略的互恵関係の重要性を確認するする形でまとめることを期待したい。


編集部より:この記事は井本省吾氏のブログ「鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌」2015年4月26日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった井本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌をご覧ください。