私は憲法改正には、消極的賛成派である。第9条を改正できないまま「環境権」なんかつくってもしょうがないからだ。しかし本書のいうように米軍が撤退する方向だとすると、第9条を含む安全保障の本格的な見直しが必要だろう。
ウェストファリア条約以来の主権国家システムには、最初から明らかな欠陥があった。すべての国が至上の「主権」をもつとすると、その国が戦争することを止められる国は存在しない。神聖ローマ帝国にはもちろん、国際連盟にも国際連合にも主権がないので、世界の警察は原理上ありえないのだ。その役割を19世紀まではイギリスが、20世紀にはアメリカが果たしてきたが、これには膨大なコストがかかる。
だから主権国家としての「国益」を考えると、自国の防衛に無関係な戦争には参加すべきではない――こう考えたアメリカは、第1次大戦後に自国のウィルソン大統領の呼びかけで設立された国際連盟に参加しなかった。その結果、また世界大戦が起こって、アメリカは第1次大戦よりはるかに大きなコストを払った。
これにこりて第2次大戦後は、アメリカが「世界の警察」の役割を果たしてきたが、これに対する反対も根強い。オバマ大統領は「われわれは世界の警察であるべきではない」と明言し、共和党右派は新孤立主義による在外米軍基地の撤収を主張している。来年の大統領選ではこれが争点になるだろうが、ヒラリー候補はオバマ大統領とほぼ同じだから、どっちが勝ってもアメリカは対外的介入に消極的になるだろう。
これは第9条フリークにとってはめでたいかもしれないが、それ以外の日本人には大きな負担になる。本書が最大の脅威とみているのも、中国である。それはかつてのような経済大国としての脅威ではなく、経済破綻による政治的混乱だ。今までは成長によって貧富の格差をごまかしてきたが、バブルが崩壊すると、共産党政権そのものが倒される革命戦争の危険もある。
もちろん中東にも多くのリスクがあり、ロシアも危険だ。特に重要なのは、アメリカが撤退することによってテロリストが成長し、核兵器をもつリスクだ。いま世界のプルトニウムのブラック・マーケットの最大の供給源は北朝鮮だが、ロシアやパキスタン、そして中国が市場に参加すると、核兵器が「コモディタイズ」して入手しやすくなる。
専門家によると、イランとベネズエラが核物質を取引し、ヒズボラ(レバノンの反政府組織)やアルシャバブ(ソマリアのアルカイダ系組織)が北朝鮮と取引するなど、世界のテロ組織にプルトニウムが拡散している疑いがある。原爆がつくれなくても、プルトニウムは「ダーティ・ボム」としても強力なのでテロリストにも使える。
著者はWSJのベテラン記者なので、反民主党的なバイアスがあるかもしれないが、ティーパーティなどの極右のほうが新孤立主義の傾向が強いという。日本が恐れるべきなのは「集団的自衛権で地球の裏側の戦争に巻き込まれる」リスクではなく、アメリカのほうから「戦後レジーム」を破棄して日本が孤立するリスクなのだ。