大選挙区制のすすめ --- 井本 省吾

先日、元農林水産省の官僚で、現在キヤノングローバル戦略研究所の研究主幹をしている山下一仁氏の講演「TPP交渉の行方と農業」を聴いた。山下氏は、政治家や農協団体との癒着体制のもと非効率な農政を続ける農水省への不満から同省を去った、元改革派官僚として有名だ。


講演ではTPP交渉の現状と行方を分析するとともに、あるべき農政改革の方向を説いており、学ぶ点、共感する点が多かった。

それにしても全中にメスは入ったものの農協改革は道半ばで、農業の岩盤規制は容易に崩れない。なぜなのだろうか、と会場から疑問の声が上がった。これに対して、山下氏は「大きな壁の1つに小選挙区制がある」と答えた。

小選挙区制では(大選挙区や中選挙区以上に)少しでもまとまった票が欲しい。たとえ100票でも対立候補にそれが回ると、差は200票になり、僅差でも落選してしまう。だから、まとまっていそうな組織票には反対しづらいのだろう

組織的にまとまっている農協票は、小選挙区制ゆえに強いわけだ。小選挙区制というくびきが、農業を代表とする様々な岩盤規制を温存させているといえる。

小、中、大選挙区制の長短は様々に議論されてきた。それぞれ一長一短がある。

小選挙区制は1つの選挙区から一人の当選者を出す仕組みなので、政権交代が起こりやすく、二大政党制に近づく半面、死票が出やすい。大(中)選挙区はこの反対で、死票は少なくなるが、政権交代は起こりにくく、多党制になりやすいというものだ。

このほかにもいくつかの長所短所があり、日本では小選挙区の短所を補うために比例代表制になっている。しかし、小選挙区で落選した議員が比例で復活するのは、合点が行かないという声も多い。

やはり小選挙区制は大きく改革した方がいいと思う。それも元の中選挙区に戻すのではなく、大選挙区にしてしまう。日下公人氏の以前から唱えているアイデアに即して言えば、選挙区をなくしてしまう。日本1区の超大選挙区にして、全国民に選ばせる。

今、衆参両議院数722人(衆議院480人、参議院242人)を参議院を廃止して一本化する。有権者を18歳以上だとしてその数1億400万人。これを722人で割ると、14万4000人となる。

そこで、14万4000票を獲得すれば当選。それ以下なら落選とする。当然当選者数は722人を大きく下回るので、大幅な議員定数削減が実現する。

投票率が低いと当選者数は極端に低くなる恐れがあるので、得票数に関係なく投票数上位500人を当選させるという手もある(今、国会で出ている定数削減案は500人なので)。

また、一人で144万票とる人気議員は10人分の票を獲得しているので10票分の発言権があるという制度を設けても良いと思う。2人分なら2票人議員、3票議員という次第だ。ヒットラーみたいなカリスマが出て、多数の票を集める危険があるというのなら、上限を10票までとしても良い。

この仕組みではテレビに出るタレントや有名人に票が集まって衆愚政治となり、地道な選挙活動をしている人間が落選する欠点があるという批判が出よう。

これについては、候補者は地道な活動を続けて少しづつ実績を積んで、メディアへの露出度をふやし有名になってもらうしかない。

先ほど、小選挙区制の短所を死票が出やすいと書いたが、もっと大きな欠点がある。それは都道府県知事よりもはるかに狭い地域を割り当てられ、各地の圧力団体の意向にビクビクし、天下国家を考える努力も勉強もしない議員を量産してしまう点だ。大選挙区なら農協に反旗を翻しても岩盤規制の打破を唱える候補に1票を投じようとする有権者が全国から集まる。

副作用として、一部の人間に極端に票が集まり、衆愚政治やファシズムを生む危険があるというのなら、北海道、東北、九州など、地域ごとの大選挙区制でも良い。それ以上地域を狭くすることには同意できない。国政全体を考える議員が多数輩出するためには、(超)大選挙区の方が良い。


編集部より:この記事は井本省吾氏のブログ「鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌」2015年5月12日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった井本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌をご覧ください。