「都構想」封じ手の奇手は△1七「府」成らず --- 山城 良雄

成金という言葉がある。将棋の駒の中で一番低性能の「歩(ふ)」は敵陣で動くと、最後の攻撃の要になる「と(金)」に昇格することが出来る。性能が7~8倍になる感じや。急に金持ちになった人を成金と呼んだり、東京府が東京都になったとき、「ふ」が「と」になるのは当たり前、などと言うのは、この話が元になっている。


ところが、将棋の世界ではごく希に、自分の駒の昇格を辞退して、わざと「歩」のままに据え置く手がある。「歩の成らず」と言い、どれぐらい希かというと、年間2000局以上指されているプロ公式戦で、数10年に一回ぐらいしか登場しない。奇手中の奇手や。

5月17日、投票箱に封じられたナニワの有権者の次の一手は、奇手「成らず」やった。

もっとも、実際は奇手とは言いにくいとも思う。極めて普通の、常識的で、おとなしくて、消極的で、保守的で、現状維持の判断や。

前回の記事で、常識的にやっていたら大阪市は保たないという理由でワシは賛成を表明した。そやけど結果は逆やった。お前が賛成したのが痛かった……やかましい。で、現場大阪での敗因分析をしてみよう。

政策面で大きかったのは、市長がメリットを具体的に示せなかったことや。最大の「お勧め商品」で改革のシンボルのようになっていたのが二重行政の解消。

しかし、誰でも頭に浮かぶのが、「なんで府市の二重行政が、都区になったら解消されるの」という疑問や。別の角度から見れば、「東京・大阪以外の45の道府県は二重行政で平気なのか」、ということになる。話が抽象的過ぎる。

選挙戦終盤には、主に共産党系の論者から「福祉や教育などが二重に手厚くて何が悪い」という、真っ向勝負の反論も出てきた。こっちのスローガンも負けず劣らず抽象的やが、この論点の登場で「二重行政の解消」が相対化され、単純な正義ではなくなってしまった。

一方、反対派は具体的な論点を提示した。「市から府への財源の吸い上げ」と膨大な経費や。少なくとも見かけ上はかなり具体的な話。後者には600億円という値札まで付いておる。結局、「抽象的な目的&具体的な負担」という、関西人がもっとも嫌うパターンに持ち込まれてしまった。これが第一の敗北の構図や。

もうひとつバカにならんかったのが、「126年の伝統の大阪市が消えてなくなる」という感情論や。冷静に考えたら「だからどうした」という話やが、センチメンタルな訴求力がある。

選挙終盤には、「やってしまったら取り返しがつかない」という、なかば脅迫のような訴えまで出てきた。主に自民党系の府議や市議が訴えて回っていた。都構想に限った話ではなく、たいていの政策は多かれ少なかれ取り返しがつかん。だから無意味な感情論や。

この作戦が一番効果を現したのは高齢者や。朝日グループの出口調査でも、唯一「反対」が過半数を超えたのは、あらゆる年齢等で70歳以上だけやった。まあ、この出口調査の通りなら、結果は逆になっていたはずやから、あまり数字は正確やないけど、老人が反対に回ったというざっくりとした傾向は正しかったように思う。

ワシの近所でも、普段、政治には関心がなさそうなお年寄りが、自宅に、「大阪市を守れ」という自作ポスターを掲示していた。前回市長選では橋下はん支持の人や。老人の地域感情を敵に回す。これが第二の敗北の構図やな。

結局、自民・共産のタッグが、各々の得意分野や地盤活かし、都構想支持を切り崩していったように見える。

もうひとつケッタイなのが公明党や。もともと、今回の住民投票の実施は、公明が他の野党を裏切って維新市政の側についたことが理由や。それやのに、良くも悪くも団体行動的投票をする支持者軍団が圧倒的な反対に回ったのはどういうことや。

橋下はんからすると、自分らを背水の陣に誘い込んでおいて、土壇場で裏切ったようにも見えるやろ。

自公民共大連合、これを大同団結と見るのか、野合・談合と考えるのか難しいところやけど、一方、逆に大同団結に失敗したのが賛成派や。

選挙戦最終盤のチラシで、「橋下徹はキライでもいい。でも、大阪を前に進めてほしい。」と、前田敦子風にやっていたが、「今更感」が半端やなかった。アゴラでは、はるかに分かりやすい倉本さんの記事が、数日前に出ていたのに。

反橋下反維新だが市政改革のため都構想に賛成……前にも書いたが、まさにワシのポジションやった。ところが、記事への上野竜一さんのコメントにも「橋下は大嫌い、でも都構想賛成と言
う意見を初めて見た。」とあったように、少数派で終わってしまったようや。

上の出口調査でも、「橋下市長を「支持しない」と答えた人の94%が反対票を入れた」。とことん嫌われていたわけや。

ただし当の朝日もあまり褒められたモンやない。投票前日の夕刊で、区割りを批判している。疑問があることはワシも認めるが、こんなのは最初から分かっていた話や。ちゃんと反論できない時期になってから記事を出すのは、少なくともフェアとは言えん。

大同団結に成功した反対派VS失敗した賛成派、という第三の構図が見えてくる。

もっとも、非支持者をも取り込むという常識的手法は、維新の芸風やない。選挙で選ばれた首長を「期限付きの独裁者」と認識し、支持者には全政策の丸呑みを、非支持者には次の選挙までの我慢を要求する。効率的やが乱暴極まりないのが、本来の橋下はんや。

投票決定時点で市長の支持は過半数あったんやから、ここを固めてしまえば良かったのに、それが出来んかった。

共同・毎日・産経の直前世論調査でも、朝日の出口調査でも、さすがに維新支持層はほぼ全体が賛成にまわっているものの、普段は橋下支持色が強い自民支持者や無党派層が、真っ二つに割れ、やや反対が多くなっていた。「橋下維新は好きでも、大阪都構想は嫌いになってしまった」というわけや。

さて、完全レームダックになった橋下市長、あと半年、何をするつもりなんやろうな。選挙で勝てば反対派の希望や嘆願を容赦なく無視してきた維新政治。今度は選挙に負けて、賛成派の希望や嘆願を無視する気なんやろうか。

有権者の3分の1が明確に支持した大阪市の解体。結構重大な話や。橋下市長が残務整理の中で、何らかの成果を出しておかんと、大阪で主権者としてのモラルハザードがおこる。「何をやっても、ワシらの市はアカンわ……」。

こういう土壌は、本格的独裁者の英才教育をやりねない。そやつは、決して「期限付き」てな甘いことは口にせず、しっかりと歴史に名を残すことになるやろう。

今日はこれぐらいにしといたるわ

久々にやる気が出てきた 山城 良雄