夏の「缶ジュース」と北の「核兵器」の話 --- 長谷川 良

当方がまだ日本にいた35年前以上昔の話だ。蒸し暑い夏の日だった。暑いから当然のように冷たい缶ジュースに手が出た。友人は飲まない。“金欠か”とおもって、「俺がおごるよ」と誘ったが、「君、その缶ジュースは砂糖水に過ぎないよ」といい、絶対に飲もうとしなかった。


当方は友人の説明を聞きながら、砂糖水に過ぎないことを知っているが、蒸し暑さに負けて缶ジュースを飲む人間と、缶ジュースが甘味料過多の水だから、暑くても飲まない人間の2通りのタイプがいることを学んだ。友人は後者であり、当方はどうみても前者だった。

もう少し説明する。当方が友人に感動を覚えたのはその知識、すなわち、缶ジュースが砂糖水だという点ではない。その程度の知識なら、当方も持っている。蒸し暑いにもかかわらず、冷たい缶ジュースが砂糖水だから飲まない、という「知識と行動」の一致に驚いたのだ。大げさに言えば、知識が行動を制御し、管理できる人間だからだ。余りにも卑近な例だが、35年前の時のことを今でも覚えているところを見ると、当方には新鮮な驚きだったのだろう。

友人が大学院を行かずに仕事を探すと言いだした時、教授が、「大学院で勉強を続けるべきだ」と必死に説得したという。教授が授業できない時、彼が授業を担当した、という噂があったほどだ。その知識の豊富さは格別だったが、それ以上に、感情に支配されないクールさに当方は脱帽せざるを得なかったのだ。当方は知識や情報とは関係なく、その時々の感情や心の囁きに応じて行動するタイプだから、友人のような人間を見る度に、羨ましく思うのだ。

友人のことを思い出しながらこのコラムを書いていると、突然というか、必然的にいうべきか、北朝鮮の金正恩第一書記のことが浮かび上がってきた。彼は友人のような人間ではないことは間違いない。国の指導者には、確かな知識と情報に基づいて行動を制御できる人が就くべきだが、怒りや懐疑心から約70人の幹部たちを既に粛清してきた若き独裁者・金正恩氏にはそのようなことは期待できないだろう。

当方も感情主導型人間だが、独裁者ではない。しかし、金正恩氏は独裁者であり、彼の手には核兵器の核ボタンが握られているのだ。金正恩氏は朝鮮半島ばかりか、世界を恐怖に陥れることができる。北朝鮮は核兵器の小型化に成功したという。潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の実験も行っている。

その国の指導者・金正恩氏は、核兵器が大量破壊兵器であることを知っているはずだ。しかし、核兵器は如何なる状況下でも絶対に使用できない武器であることを同時に知っているだろうか。少々、不安になる。金正恩氏は友人のような人間ではないのだ。

繰り返すが、蒸し暑い時、砂糖水に過ぎないと知りながらも缶ジュースに手が出る程度の「知識と行動」のアンバランスは大きな問題をもたらさないが、大量破壊兵器と知りながら、相手への憎しみや怒りを制御できす、核ボタンをいつでも押してしまうような人間が朝鮮半島に君臨しているのだ。世界はもはや安眠できない。金正恩氏の「知識と行動」のバランスが大きく崩れないように、国際社会は細心の注意を払わなければならないだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年5月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。