27日付けの日本経済新聞に、「働く年金世代が急増している」という記事が載っていた。要点を書くと--。
総務省の労働力調査によると、60代後半で年金をもらいながら働く人は2014年度で40・7%と前年度比1・8ポイント増。5人に2人が働いている計算で39年ぶりの高さだ。男性に限れば51%と16年ぶりに半数を超えた。女性も31%と初めて3割超。働く60代後半は男女合わせて374万人、10年間で5割伸びた計算だ
これは喜ばしい動きである。昨今は「シルバーデモクラシー」という言葉で、
老人批判が高まっている。シルバーは年金に依存して働かず、もっぱら働く青壮年層にぶらさがっているだけ。だが人口が多いので、そうした歪みを正そうとする政治を選挙を通じて封じてしまう。
急速な高齢化で税金を使う人が増え、払う人が減りつつある今後、「ぶら下がり」型シルバー中心のデモクラシーであっていいのか。現在働く人々や未来の世代に負担を押し付け、ツケを回す社会のあり方でいいのか、というわけだ。
だが、日経の記事のように働くシルバーもふえている。なぜ彼らは働くのか。
私もこのシルバー世代に属し、及ばずながら働いている。その立場と周囲の同世代を見ていて思うのは、まず働くことが好きな人間が多いということだ。日がな一日、何もせずボケッとしている日々が続くことがイヤなのだ。
また、政府の財政悪化を考えれば、先行き年金は徐々に減らされる懸念が大きい。その不安から、元気な今のうちに少しでも働いて老後の生活費の足しにしようという気持ちもあろう。
もう1つは、年金制度があるとはいえ、若い人々に「ぶら下がる」だけの生活を良しとしない人も少なくない。
日本で年金制度ができた昭和36年当時、日本人の平均寿命は男性で65歳、女性で70歳。60歳で年金が支給されるとすれば、支給開始後の余命時間はあまりなかった。曽野分、年金財政の負担は軽かった。それが現在は人生80年。それ以上まで生きる人も多い。しかも昔と違って少子高齢化時代の今、年金をもらう人がけた違いに膨張、逆にそれを支える人が減っている。
高齢者もその程度のことはわかっている。だから「ぶら下がっている」だけの生活ではいけない、と思うわけだ。
元気なうちは、自分の生活費はできるだけ自分で稼ぎ、自分で稼いだ貯金でまかなう。人様に迷惑をかけない--。そういう健全な考え方をする庶民が多かったから、戦後の焼け跡の中から日本は再生し、経済大国になれた。デモクラシーのせいではない(少なくとも民主主義だけでは今日の日本はなかった)。
余裕ができて、最近は多少怠けグセがつき、勤勉精神が薄れつつあるのは確かだが、今もその心の底に根付いている。働く年金世代が増えていることが、それを示している。
むろん70歳、75歳、80歳へと歳を重ねれば、さすがに働く(ける)人は減って行く。それでも近所の道路を掃除したり、植木の剪定をしたり、自転車置き場の整理をしたり、先生の指導を受けながら小学校の子供の世話の補助役を引き受けたり、など自分の身体の健康状況と相談しながらボランティア的な仕事をしてお役に立てることはたくさんあるだろう。
それでも財政が極度に悪化し、年金も大幅に減少し、貯金も底をついて来たらどうするか。その時は生活水準を下げて行く。100円ショップの商品だけでも大方、生活に必要なものはそろう。たくさん食べなくて済む高齢者は食費もそれほどかかるまい。
だから、なんとかやって行けると考え、惨めな気持ちにならない。そんな人間が多ければ、人々の質素な生活を改善しようと、青壮年層は知恵を絞って新しい仕事、事業を推進し出す。再び日本経済は活性化し、財政も再建されるに違いない。楽観的と言われることを承知しつつ、そう信じている。
編集部より:この記事は井本省吾氏のブログ「鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌」2015年5月28日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった井本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌をご覧ください。